第379話 帰還成功

 カッ!


 ブリタニア王立魔導学園、春期休暇期間により人もまばらな校舎のとある一室が突如蒼白い閃光に満たされた。その異変に気づく者はほとんどいなかった。


 「……ここは?」

 「…………遺物科の……評議会……室?……ってことは……」

 瞑っていた瞼を開き、確かめるように周囲を見渡す鏡華とイサベルの呟きの後を追うように双魔は深く息を吐く。

 「……ふー……危なかった……何とか間に合ったか……」

 「後輩君?」

 「……ええ、無事戻って来れました……改めて皆、無事でよかった」

 「双魔!」

 「双魔君!」

 「っと!……小母さん」


 鏡華とイサベルが両脇から抱きつく腕に力を込めたことで揺られながらも双魔はハシーシュの方を見た。


 「ああ、分かってる。カラドボルグ、アイギス。マック=ロイとオーエンを錬金技術科に連れていく。残りは今日は帰っていい。後で学園長(ジジイ)に呼び出されるだろうから詳しい話はそこでだ……じゃあな」


 そう言うとハシーシュはドアを開けて廊下へと消えていった。いつの間にか人型に戻った安綱もその後に続く。


 「それじゃあ、私も行くわ。フェルゼンはきっと大丈夫だから心配することないわよ!」

 「アッシュも、イサベルのおかげで大分治りが良くなるはずだよ。感謝するわ」

 「い、いえ!お役に立てたなら幸いです……必死だったので……」


 緊急事態から脱して興奮が納まったのか神話級遺物に礼を言われたイサベルは恐縮した様子だ。アイギスはそれを見て優しく微笑んだ。


 「…………」

 「ああ、双魔」


 アイギスの腕の中で瞼を閉じたままのアッシュを見つめる双魔に気づいたのかアイギスに名前を呼ばれた。


 「……何だ?」

 「貴方、こんなことに巻き込んで、なんて罪悪感を覚えているかもしれないけれど気にする必要はないわ。アッシュにとってもいい経験になっただろうし、神話級遺物と契約するというのはこういうことよ……それに、きっとアッシュも貴方の力になれてよかったと思っているはずだから。いいわね?」

 「癪だけど、私もこの女と同意見よ!寧ろお礼を言いたいくらい!双魔、気にしないでね!それじゃあ」


 カラドボルグはひらひらと手を振って笑って見せた。


 そして、双魔の考えなどお見通しだった絶世の美女二人はハシーシュに続いて廊下へと消えていく。


 バタンッ!


 遺物科評議会室のドアが音を立てて閉じる。部屋には双魔と鏡華、イサベル、ロザリン。それとティルフィング、安綱と同じくいつの間にか人型に戻った浄玻璃鏡、犬の姿に戻ったゲイボルグが残される。


 「鏡華ちゃんとイサベルちゃん、いつまでくっついてるの?」

 「っ!ほっ、ほほほほ……なんやうちったらはしたない……安心ししもうて……ほほほほ……」

 「っ!?こここ!これは……その………………双魔君!ごめんなさいっ!」

 「いや、別に構わないんだが…………ん?」


 ロザリンに言われて鏡華とイサベルがパッと離れた。そんなロザリンを見て双魔はあることに気づいた。相変わらずの無表情だが頭の三角の耳が少し後ろに倒れている。よく見ると足の間からフリフリと緑の大きな尻尾が揺れているのが見えた。


 「……ロザリンさん、それどうしたんですか?」

 「……?……これのこと?」


 ロザリンは首を傾げると双魔の質問の意味に気づいたのか耳をピコピコと動かし、尻尾を手に取ってもふもふと自分で撫でて見せた。


 「ん、それですけど……」

 「うんうん、後輩君に貰った木の実を食べたらパワーアップしたみたいなの、私」


 ロザリンは両手を腰に当てて胸を張ると「ふんすっ!」と鼻息を荒くした。


 「木の実……ああ、あのなつめか…………なるほど」


 双魔はすぐに心当たりに行き着いた。ロザリンに渡した棗は身体の活性化作用がある少々特殊なものだった。余程相性が良かったのだろう。確かにロザリンの力は一回り大きくなっているように感じた。が、生憎、可愛らしい耳と尻尾の説明にはなっていなかった。


 「ヒッヒッヒッヒ!まあ、お前が考えてるのであってるぜ。んで、これは力の発露みたいなもんだ!そのうち元に戻るから気にしなくていい」

 「……そうか……それにしても……疲れた……ふー…………」


 ロザリンの普段と変わらない元気な姿を確かめた瞬間、ドッと疲労感が襲ってきた。双魔は傍にあった椅子に倒れ込むように腰を下ろす。


 「ソーマ、レーヴァテインは我に任せろ。腕が疲れただろう?」


 ティルフィングはそう言うと双魔の前に両腕を出した。「んっ!」と腕を出すその表情はついさっきまでの幼いものではなく少し大人びたように見えた。


 「いいのか?」

 「うむ、こやつのことを認めたわけではないが……むぅ……双魔は疲れている。我には分かる。双魔のためなら仕方ない」

 「……ん、そうか。それなら少し変わってくれ」

 「うむ……んしょっ」


 双魔の目にはティルフィングの中でレーヴァテインを妹として認め切っているわけではないが少しお姉さんぶりたいような気もしているように映った。気遣いも嬉しいのでレーヴァテインをティルフィングに預けることにする。


 レーヴァテインを受け取ったティルフィングは少し動きにくそうにしながら双魔の隣の椅子に腰を下ろした。


 「……双魔、その子……ロズールはんと一緒にいてはった……」

 「……と言うか……ティルフィングさんにそっくり……気を失ってるの?」


 危機を脱してレーヴァテインを気にする余裕が戻ってきた鏡華とイサベルが眠ったままのレーヴァテインの顔を覗き込む。


 「本当だ。ティルフィングちゃんそっくり」


 二人の後ろからロザリンも顔を出して興味深げにレーヴァテインをじーっと見つめている。


 「……さ……て……婿殿……何……故…………そ……の……娘……を?」


 口を閉ざしていた浄玻璃鏡の言葉にレーヴァテインを覗き込んでいた三人も顔を上げて双魔の顔を見た。


 「ん、そうだな……詳しく話すとややこしいから今は分かりやすく言っておく……一柱の神との約束だ。レーヴァテインを俺が引き取るってな……神との約束は違えない。無論、何者との約束もだが……これでいいか?詳しいことは……そうだな……アッシュとフェルゼンが回復した後、皆の前で話すさ」

 「……左……様……か……そ……れ……なら……ば……よ……い……」

 「ってことは……この子もアパートに連れて帰るん?部屋はまだ残ってたけど、左文はんがびっくりしはるよ?」


 鏡華がそう言うと双魔は一瞬難しそうな表情を浮かべ、浄玻璃鏡とゲイボルグを見た。


 「そのことなんだが……浄玻璃鏡とゲイボルグに聞いておきたいことがある」


 双魔の重々しい語気に緩んでいた遺物科評議会室の空気が固くなった。気温は数度下がったように感じられる。鏡華たちは居住まいを正し、双魔の言葉を待った。


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