第378話 崩壊からの脱出

 「…………ん?」


 空間転移を発動し、皆の許へ着くはずだった双魔は顔をしかめていた。


 光の扉を潜ると何故かあの花畑に立っていた。荘厳な”黄金と白銀グル・シルヴルの裁定宮・グリトニル”がこちらを見下ろしている。そして、隣にいたはずのティルフィングも腕の中にいたはずのレーヴァテインも姿を消していた。


 「…………またか、時間がないんだが」

 「フフフフッ、ごめんなさい……分かってるけれど最後にもう一つ貴方に伝えなくちゃいけないことが出来てしまったから……安心して、ここは貴方と私だけの世界、外での時間経過は関係ないわ」


 振り返るとフォルセティが立っていた。先ほどまでの半透明の姿ではなくしっかりとした実体を持っていた。ここは双魔とフォルセティが共有する精神世界だ。彼女はきっとここでのみ実体を保つことができる。


 疲れ切った双魔の気だるげな笑みを見てフォルセティは微笑んでいた。それだけで労いの心が伝わる。


 「それで?俺に伝えなくちゃならないことってのは……まあ、ティルフィングのことか」

 「……ええ、その通りよ……さっき、何かおかしいと感じたことはなかった?」

 「おかしい……か……そうだな……」


 フォルセティが言い出したことだ恐らくティルフィングとフォルセティの間で起きたことだろう。こめかみをグリグリと刺激しながら双魔は記憶を辿っていく。


 そして、合点のいかない点に思い当たった。双魔の顔に驚きと戸惑いが浮かぶ。


 「っ!?……どういうことだ?…………まさか…………」


 双魔とフォルセティの視線がぶつかる。フォルセティは変わらずに微笑んでいた。ただ。それは悲し気で、寂しげな笑みだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「さぁて……そろそろケリがつく頃合いだと思うが…………」


 ハシーシュは空を見上げて呟いた。先ほど二つあった強力な神気の片割れが収縮を開始し、戦場の中央に巨大な紅の氷山が出現した。あれは双魔の仕業だ。局面は最終段階を過ぎた。後は双魔を待てばいい。ハシーシュは視線を後ろにいる生徒たちに移した。


 各自の奮戦とハシーシュの活躍もあって脅威を完全に駆逐した双魔以外の面々は校舎の屋上で疲れ果てていた。


 消耗と怪我が酷いアッシュとフェルゼンは気を失ったままそれぞれの契約遺物に膝枕をされている。


 一方、比較的体力の消耗が軽度の鏡華、イサベル、ロザリンの三人は戦場を見つめていた。恐らく双魔のことが心配なのだろう。


 普段は毅然とした様子の鏡華とイサベルの瞳には不安と心配が滲んでいる。ロザリンは相変わらず考えが読めないがボーっと双魔がいるであろう氷山の頂上を見つめていた。


 「……ったく、親父以上にモテやがるな、双魔は……」

 『……それは仕方のないこと。良き男に女は惹かれ、良き女に男が惹かれるのはこの世の常ですから』

 「……安綱、お前、喧嘩売ってるのか?あん?」

 『おや、そう聞こえましたか?誤解と言うものですよ。主は十分に良き女、それに巡りあわせというものもあります。まだまだ、慌てることはないですよ』

 「……ケッ!どいつもこいつも……まあ、いい……今は双魔だ……まだか、アイツ?」


 安綱の言葉に苛立ちつつもハシーシュはすぐに頭を冷やした。決着はついたようだがこの空間の支配権はロキが保持しているはずだ。状況は不安定なもの、一刻も早く学園に戻りたいところだが肝心の双魔とティルフィングが戻ってくる気配がない。


 ハシーシュが冷静を保ちつつも少し焦れてきたその時だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


 突如地鳴りが起こり、大きく地面が揺れた。ハシーシュを含め鏡華たちは全員顔を見合わせる。


 「……地震?……ううん……これは……」

 「この空間、崩れそう」

 「え!?」「何っ!?」


 鏡華の呟きにロザリンが続けた。日ノ本の地獄、影の国と異界と縁深い二人は空間への感覚が常人より鋭い、故に察知できた。


 それを聞いたイサベルとハシーシュに驚愕と戦慄が走る。このままでは自分たちがどうなるかは二人でも分かった。


 しかし、このタイミングで吉報がやって来た。


 『聞こえるか!?全員無事か!?』


 鏡華たちの脳内に聞き慣れた声が響いた。その声に鏡華たち三人はハッとする。


 「どうした!?」


 双魔の声が聞こえないハシーシュだけは何が起きているのか分からず咥えた煙草を強く噛み締めている。


 「全員無事!ハシーシュ先生もいてはるよ!双魔は!?」

 『小母さんも?分かった!取り敢えず今そっちに行く!この空間から脱出しないと不味い!一秒を争う!その場の全員一か所に集めてくれ!』

 「分かった!皆、聞こえたやろ!?うちの周りに集まって!先生と安綱はんも!」

 「よく分からなんが双魔が戻ってくるんだな!?カラドボルグ!マック=ロイはこっちで担ぐ!デカくて重いからな!」

 「別にフェルゼンを担ぐくらいできるけどお言葉に甘えるわね!」


 ハシーシュはフェルゼンに駆け寄ると自分よりも重いはずの巨体を軽々と左肩に載せた。その間にイサベル、ロザリンとゲイボルグ、アッシュを抱きかかえたアイギスが鏡華を中心に円を描くように集まり、そこにハシーシュと安綱、フェルゼン、カラドボルグが加わる。


 そして、全員が集まったその瞬間、すぐそばの何もない空間に眩い閃光が生まれた。閃光は一瞬で弾け、そこには皆が待ちわびた人物が立っていた。


 「悪い!心配かけたな!」

 「皆、無事で良かったぞ!」

 「双魔君!ティルフィングさん!……え?」

 「…………後輩君、その子は?」


 双魔とティルフィングがこちらを見て安堵の表情を浮かべる。が、イサベルたちは安堵を驚きが追い越していった。視線は双魔の腕の中で気を失っている蒼髪の少女、レーヴァテインに集まっている。


 「詳しい話は後だ!一刻も早くここを脱出する!ティルフィング!」

 「うむ!」


 双魔とティルフィングは鏡華と入れ替わるように円の中心に入った。


 「小母さん、学園長に言われてきてくれたんだろう!?」

 「あん?そうだが……」

 「何か渡されなかったか!?」

 「突然何を……」

 『主』

 「ああ!これか?」


 双魔に詰め寄られて混乱しかけたハシーシュだったが安綱の声ですぐに思い出したのか懐から一枚の護符のようなものを取り出した。


 「それだっ!全員手を繋いでくれ!ティルフィング!」

 「うむ!これでいいのだな?」


 ティルフィングはハシーシュから護符を受け取ると双魔の口元に持っていき、双魔が護符を咥えると腰辺りにギュッと抱きついた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


 それと同時に二度目の地鳴りが響き、空の色が蒼から黄昏色へと変わっていく。最早、終わりは近い証左と取るべきだろう。


 「きょーか!いはべる!」

 「はい!」

 「ええ!」


 双魔の両隣りの二人は空いた手を双魔の二の腕に回した。全員がしっかりと繋がれたことを確認した双魔は短く、力強く詠唱を口にした。


 「其はしるべの護符、虚空の旅人をいざなう光! 」


 双魔を中心に蒼白い魔法円が広がり全員を囲む範囲に拡大する。


 「”転移インテクゥアル”!」


 双魔の鋭い声と共に咥えた護符が淡く光、魔法円が高速回転し蒼白い光の柱が全員を包み込み、やがて光の柱ごと消え去った。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


 その直後、三度目の地鳴りと共にロキの手によって作られた虚構の後者は崩れ落ち、それを合図に空間の崩壊が始まった。


 孤独な神は自らの空間を棺に、その最後も孤独を貫いた。


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