第374話 死にゆく神の託すもの

 「……アンタが俺に頼みたいこと?」


 ロキの申し出に双魔は一瞬固まった。死が決定的になってからのロキは腹を割って誠実に話をしているようだがこれまでの経緯を踏まえると身構えるのは当然だった。


 素直に死に瀕した者の願いを聞き届けたいという人としての情と魔術師としての物事を疑う姿勢と慎重さが双魔の脳裏で交錯した。


 「……?」


 そこに何か温かいものが触れた。固くなった身体から力が抜ける。見ると双魔の手に半透明の美しく白いしなやかな、フォルセティの手が重なっていた。


 『双魔……私からもお願いするわ。小母様のお願いを聞いてあげて欲しいの』


 二つの燐灰の視線がぶつかった。そして、一秒も経たないうちに双魔の心は決まった。


 「……アンタに言われたら断れないな……フォルセティが望んでいることはきっと俺も何処かで望んでいるんだろうよ……分かった、ロキ、アンタの頼み事を聞くよ……ただ、叶えられるかどうかは分からないけどな?」

 「フフフフッ……安心していい。私は双魔に出来ることしか頼まないさ……フォルセティもすまないね」


 ロキは悪戯っぽく笑って双魔を安心させるとフォルセティにも視線を送った。フォルセティはゆっくりと首を横に振るだけだ。


 「……さて、早速だけれど時間がないからね。簡潔に言うよ。双魔、レーヴァをレーヴァテインを引き取ってはくれないかな?」

 「……レーヴァテインを俺が?」

 「ああ、そうさこれは君にしか頼めないことだ。レーヴァを見てくれれば色々と分かるはずさ」

 「レーヴァテインの?……っ!?これは…………」


 双魔は言われるがままにロキの隣に横たわる気を失ったままのレーヴァテインに目を遣り絶句した。


 レーヴァテインの陶磁器のような白い頬に亀裂が走っていた。顔だけではない、腕に、脚も大きくひび割れていた。普通の少女のように生命を感じさせていた姿はそこにはなく、”モノ”になりかけた蒼き魔剣の少女の姿がそこにあった。


 感じられる魔力は刻一刻と減少していく。ティルフィングによって穿たれた胸の穴に小さな蒼炎が灯っている。レーヴァテインから魔力が漏れているのだ。それに伴って存在の崩壊が始まっている。ロキの言いたいことはすぐに理解した。されど、何故自分にレーヴァテインを任せようとするのかまでは分からなかった。


 「フフフフッ……そうだね、双魔。君はフォルセティと同じくらい聡い。けれど、聡いだけじゃ私みたいな意地の悪い輩は読み取れないのさ。ああ、安心していい。頼んでいるのは私の方だ。しっかりと説明はするよ」

 「……回りくどい言い方を……時間がないんじゃなかったのか?」

 「……ハハハッ……そうだったね。回りくどいのは抜けきらない性分さ。大目に見て欲しい。さて、レーヴァは私がティルフィングを模倣して創り出した魔剣だという話はもうしたね?」

 「ん、聞いた」


 ロキは確かにレーヴァテインをティルフィングの模倣としてその手で自ら創り出したと語っていた。それは双魔もはっきり覚えている。


 「レーヴァを創る時に私は一つミスを犯したんだ」

 「……ミス?」

 「私は……神ではあったけれど鍛冶の神ではなかった。小人たちの腕にはどうしても劣る。それを補うためには自分自身の神気、まあ魔力を使わざるを得なかった。つまり、レーヴァを構成している要素のうち”ロキの魔力”が余りにも大きいのさ……そして、私はもう虫の息だ……ここまで言えば分かるだろう?」

 「……このままだとレーヴァテインは確実に無に帰ってしまう……だから、ロキの魔力を俺の……フォルセティの魔力に置き換えて愛娘が存在し続けられるようにして欲しい……そういうことか……」

 「その通り……ああ、別に契約を結ぶように強制する訳じゃない。遺物と遺物使いの契約には両人の同意が不可欠だからね。それが無ければ待つのは破滅だけだ。というわけで、引き受けて欲しい。まさか、嫌とは言わないだろうね?フォルセティは反対しないむしろ賛成のはずだ」

 『ええ、双魔、小母様のお願いを聞いてあげて欲しいの……レーヴァテインもせっかく生まれてきたのだからもっと世界を楽しむ時間があってもいいはずよ……何より、ティルフィングの妹と言ってもいいでしょう?双魔、私からもお願いするわ……レーヴァテインに魔力を分けてあげて……』


 ロキの言う通りフォルセティも双魔がレーヴァテインを救うことを望んでいる。双魔は改めてレーヴァテインの顔に目を遣った。瞼を閉じた美しい顔はひび割れているとはいえやはりティルフィングに瓜二つだ。


 双魔のレーヴァテインへの所感を簡潔に表せば主に忠実でティルフィングを慕う真っ直ぐな少女だ。決して悪辣さがあるわけでなくティルフィングと同じく純粋なのだろう。


 ロキの言い分には己の目的のためだけに生み出したレーヴァテインへの彼女なりの愛と贖罪が込められている。フォルセティは言ったままのことを思っているはずだ。双魔もレーヴァテインに魔力を分け与えること自体はやぶさかでない。


 レーヴァテインが目を覚ました後のことはその時に考えればいい。もしものことがあれば双魔が抑えることも可能だ。だが一つだけ問題があった。


 「…………」


 双魔は視線をレーヴァテインから隣へ映した。そこには…………。


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