第373話 最後の問答2

 「ああ、そうだ……一番初めに伝えなきゃいけないことを伝え忘れていたよ」


 双魔が情報を整理しつつ次の質問を考えているとロキの方から声を掛けてきた。


 「何だ?」

 「学園に仕掛けた爆破術式なんだけどね、あれはもう気にしなくていい」

 「……解除したのか?」

 「いやいや、解除されたんだ。何てったてあそこには当代一の魔術師がいるからね、時間さえあれば解除されるに決まっているさ……双魔を含めて他の少年少女も立派に役目を果たしたよ」


 双魔の脳裏に常にメイド姿の神話級遺物を侍らせた白髭の老魔術師の姿が浮かんだ。


 「……こう聞くのは野暮かもしれないが……本気じゃなかっただろ?」

 「……ハハハッ、確かに野暮だ……けれど本気だったよ。これでも悪神で通っているからね」


 ロキはニヤリと不敵に笑って見せたが何処か力が無かった。双魔の瞳には死がロキへと確実に迫っているように見えた。


 「フフフフッ……じゃあ、次の質問に答えようかな?」

 「……ああ……これが最重要だと思うが……と言ったな……それはどういうことなんだ?」

 「……うん……やっぱりそれに尽きるよね。ティルフィングが特異点であることにも大きく関わってくる……けれど、その質問に私は抽象的にしか答えられない。それは承知した上で聞いて欲しい。いいかな?」

 「…………」


 ロキの雰囲気が真剣なものに変わったのを察した双魔は何も言わずに頷いた。


 「どう答えようか……そうだな、うん……今現在、君たちが過ごしているのは在るはずではなかった歴史なんだよ。他に在るべきはずの歴史があった。だから私は世界が歪んでいると言った。世界はその歩みを様々な原因によって少しずつ踏み外していき今に至っている。世界が歩むべきだった歴史を”運命”と言い換えるとしたら悪神ロキはその”運命”を正常に機能させるべき導き手の一人だったのさ。そして、その歪む原因に私たち北欧の神代が大きく関わっていると言う推測も出来る。あくまで推測だけれど、ね」

 「……つまり、アンタとフォルセティが語った真実の北欧神話によって世界は歪んだ可能性があるってことか……推測に推測を重ねることになるが……今語られている俺たちの知る北欧神話は一体何なんだ?もしかすると、そっちが本当の、アンタが言うところの正しい”運命”だったりするのか?」

 「ハハハ……鋭いね……流石、フォルセティの生まれ変わりなだけはあるよ。双魔の言う通り一般に伝わっている北欧神話の方が正しかったはずさ。在るはずだった神話だ。そっちが広まっているのはきっと何者かの意思が働いているはずだけど……これ以上はきっと君自身で見ることになるはずさ」

 「……俺自身が?」

 「ああ、そうさ……正確には君たち、かな?双魔にティルフィング、その他にも多くの者が見ることになるはずだけれど……その中心は双魔とティルフィングだ……君なら私の言っていることの意味が分かるはずだ」

 「…………」

 『……小母様……もしかしてだけれど、”運命”の歪みを修正しようとする存在が現れるということなのかしら?』

 「っ!?」


 再び考え込む双魔を見たフォルセティが助け舟を出すようにロキに訊ねた。ロキは口元に笑みを浮かべて軽く頷く。双魔の中で散らばっていた思考が一つの線によって繋がった。


 「……まさか……」

 「おっと、分かったならいい…………言葉に出してしまえばきっと時期が早くなってしまうからね……君の故郷……大日本皇国一の魔術師は言霊使いだったはずだから……双魔、分かるだろう?」

 「っ……ん、そうだな」


 ロズールの制止を双魔は受け入れた。確かに言葉には魔力が宿る。今、双魔が辿り着いた推測を語ってしまえばロズールの言うように世界の危機がその足を早めるかもしれなかった。


 「……なに、慌てることはないさ、その内否が応でも向こうからやってくる……それまでに準備を整えるのが双魔たちの役目だ……フォルセティ、双魔を文字通り陰ながらでいい、支えてやってくれ」

 『……ええ、勿論』


 フォルセティが力強く頷いて見せるとロキも微かに頷いて見せた。


 「……さて、もう質問は無いかな?」

 「…………いや、重要なのがまだ残ってる」

 「……はて……何かあったかな?」

 「む?なんだ?むむ?声が聞こえなくなったぞ?」


 ロキが惚けた返事をすると同時にティルフィングが首を傾げて何やら不思議そうに大きな目をぱちくりしていたが双魔は気にせずに問いを口にする。


 「……ティルフィングの記憶についてだ」

 「……なるほどね……そのことか。そうだね、君たちにとってはとても大切なことだ」


 ロキの表情が真剣になった。その眼差しは真っ直ぐ双魔に向けられている。


 「ティルフィングはフォルセティとの記憶の一切が欠落している……身体と言えばいいのか、神気と言えばいいのか分からないが……感覚的には覚えているようだが記憶に関しては一切残っていない……アンタ、何か知っているんだろう?」

 「……残念だけど、私はそのことについては一切関知していないんだ」

 「……何だと?……いや……そうなのか…………」


 ロキの黒い瞳に偽りはなかった。双魔の、真実を司る神の眼を以てして断言できた。


 「……そうだね、一応推論は立てられるけど、あくまで推論だ。そして、口にするべきでもない推論だ……だから、私はここで口を噤む……君は赦してくれると思うけれど……どうかな?」

 「……そうか……分かった……それは聞かないことにする」


 ここまでのロキの言葉に偽りや妄言は一度もない。今、双魔の目の前にいるのは狡知ではなく知叡の神だ。それにロキは言った、「口は禍の元」だと。双魔のあらゆる経験と直感が下した判断はロキの意に沿ったものとなった。


 「……うん、君は本当に賢明だ…………さて、今度こそ終わりかな?」

 「ん……そうだな…………聞きたいことは大体…………ん?」

 「む?耳が聞こえるようになったぞ!何だったのだ?……む?双魔?」


 何かが引っかかっていなるような気がしてすっきりとしない双魔だったがふと、隣にしゃがんでいたティルフィングの顔が目に入った。双魔の視線に気づいたティルフィングは不思議そうに首を傾げた。


 「……まだ、何かあるかい?」

 「……ああ……そういえばティルフィングのことについてはよく分かったんだが……紅氷はどういうことなんだ?ティルフィングの素材の一つにニヴルヘイムの氷があったみたいだが……昔からなのか?」


 ティルフィングがフォルセティの権能の結晶として真実を司ることは既に明らかだが普段から使っている紅の剣気についてはロキもフォルセティも何も言及しなかった。二人なら何か知っているかもしれない。比較的気軽に疑問を口にした双魔だったのだが二人の反応は予想に反したものだった。


 「アレのことか…………うん、あの血のような氷のことについても私は関知していない……だから、その質問に答えることは出来ないかな?」

 「……そうなのか?」

 「ああ……この期に及んで噓はつかないさ……隠し事はするけれどね?……フォルセティは何か知っているかい?」

 『いいえ、私も知らないわ。ただ、氷の力はきっと後から付与されたものだと思うの。さっき双魔が言ったようにティルフィングが生まれる時ニヴルヘイムの氷が使われたと聞いているから相性が良くてそのままティルフィングの力に加わったと考えるのが自然ね……ただどうしてそういう状況になったのかは分からないわ……ごめんね?双魔』

 「…………いや、そういうことなら仕方ない……まあ、使い勝手もいい力だからいいとしておく……これでもう聞きたいことはない」

 「……そうか……それじゃあ、ここまで質問に答えたんだ……これで本当に最後だろうから……私から幾つか双魔に頼みたいことがあるんだけれど……勿論断りはしないだろうね?」


 ロキはそう言って目を細めると何処かに組めない愛嬌のある笑みを浮かべて双魔の燐灰の瞳を見つめるのだった。

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