第372話 最後の問答

 「……まだ生きてるか?」


 疲れた声に閉じていた瞼をゆっくりと開いた。瞳に映ったのは銀髪の女神ではなく気だるげな黒と銀の髪の少年、双魔の顔だった。


 「……フフフフッ……勿論さ。私の目的は済んだけれど、君たちはそうじゃない……私に聞きたいことがあるだろうからね……そうだろう?」

 「……ああ」


 苦笑交じりに聞き返すと双魔は短い返事と共に頷いた。剣を交えていた時の厳しい表情ではなく穏やかな表情だ。


 「変な話かもしれないが助かったよ……私も力を失いつつあるからね、君が受け止めてくれなければ地面とぶつかって潰れていたよ」

 「……ん」

 「……フォルセティの力には完全に目覚めたようだ、自覚もしたからね…………まあ、あれだけ力を使えば変身も解けるかな……フォルセティもそこにいるのかい?悪いけど身体が動かなくてね」

 『……小母様』


 今度こそ銀髪の女神、愛しのフォルセティの顔が視界に映った。精神体であるが故にその姿は半透明だ。


 「ああ、フォルセティ…………面倒を掛けたかな?フフフフッ……君ともう一度会えて本当に良かった……さて、これから君はどうするのかな?」

 『フフフッ……小母様も分かっているでしょう?私の器には双魔が入っているもの……少しだけ私の分も宛がってもらうつもりよ。双魔、それでいいかしら?』

 「ん、別に構わないぞ」

 『ね?』

 「……そうか、それならいい……それじゃあ、双魔の質問に答えてあげなくちゃね。その前に……レーヴァを横たえてあげて欲しいんだ……この姿勢じゃ苦しいかもしれないからね」


 ロキは視線で腕に抱いているレーヴァテインを指して見せた。特に断る理由もない。双魔はロキの手を動かしレーヴァテインを抱き上げ、ロキの隣に優しく寝かせた。


 「ありがとう。さて、それじゃあ何から聞きたい?私に応えられることなら何でも答えてあげようじゃないか」

 「……分かった……まず、根本的な話だが……どうして俺がフォルセティの生まれ変わりに選ばれた?」

 「……ハハハッ」

 「…………」


 双魔の問いを聞いたロキは声を上げて笑った。何かおかしなことを聞いたのかと思い双魔はグリグリとこめかみを刺激した。


 「いやはや、悪いね。開口一番答えられない質問だったから……ただ、君のお母さんは兄上の血に連なる一族、つまりフォルセティとの血縁もある一族だからね。突飛な話じゃなくてその辺が正常に働いたんじゃないかと思うけど、詳しいことは分からないな」

 「……そうか……まあ、母さんの血筋については初耳だが……」


 双魔の母、伏見シグリの旧姓はヴァルハラと言う。事実を知れば如何にもな姓だった。


 「んじゃあ、あの……黒いティルフィングは何だったんだ?」

 「む?ソーマ?呼んだか?」


 ロキの視界に黒髪から銀髪に変わったティルフィングの顔が映り込んだ。双魔はティルフィングを引き寄せると頭を撫でてやっている。ティルフィングは目を細めて嬉しそうだ。やはり、かつての仲睦ましいフォルセティとティルフィングの姿を思い起こさせた。


 「……ああ、双魔も大体は気づいていると思うけどアレはティルフィングに染みついた負の力の具現さ。アレが生まれた責任は私にあるからね……折角だから消し去っておきたかったのさ……まあ、少しだけ消しきれなかったけれど、それはティルフィングの中に芽生えた人間らしい感情の欠片だから勘弁して欲しいな」


 ティルフィングの髪は煌めく銀色に戻ったわけだが綺麗な輪郭に沿った右の一房だけ夜を織ったような黒髪が残っていた。


 「……つまり、ティルフィングの髪が黒かったのはその負の力のせいだったてことか?」

 「ああ、その通り……別にいう必要もないと思うけれど、その紅い部分は私に血が染み込んだんだろうね。私の胸を貫いたあの時にね」


 黒髪の一房の反対側の紅髪を見てロキは呟く。双魔はその一房を手にとって優しく撫でた。剣気と同じ色の髪は神の血であったのだ。


 「他にもあるかな?」

 「……次は……」

 「…………」

 『……小母様、こうして話していると昔のことを思い出すわね』

 「……ああ、そうだね……フフフッ……昔はこうして君ともよく話をしたね……」

 「……ええ……あの時は幸せだったわ……」


 ティルフィングの髪を撫でつつ思考を巡らせる双魔を横に神代を生きた二人はかつての記憶を懐古する。フォルセティの瞳に映るロキの表情は過ぎ去りし時に変わることもなく穏やかなものだった。

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