第370話 或る神の回顧2

 終末の角笛、ギャラルホルンの音が”黄昏の戦場ヴィーグリーズ”に鳴り響く。嗚呼、戦いが始まる。神々と巨人たちの戦争が。戦争の内容など私にとっては思い出すにも値しない粗末なものだ。しかし、私は二つだけ思い出す。一つはフォルセティの死、一つはティルフィングの暴走だ。


 戦いも終盤、巨人たちの軍勢が神々に圧倒されつつある戦況において私はバルドルの命を狙った。ここでバルドルさえ討ち取ればまだ運命の修正は果たせるような気がした。奴を殺せる唯一の宿木の矢を放たせた。しかし、それはバルドルではなくフォルセティの胸を貫いた。


 あの時、遠目にフォルセティが倒れるのを目にした時、私の中から”運命の導き手”としての役目は完全に抜け落ちた。まさに茫然自失とはあのこと言うに違いない。


 そのまま、どうすることも出来ずに呆けているうちにフォルセティの死を切っ掛けにティルフィングが暴走を始めた。凄まじい負の魔力で戦場を蹂躙していく。ムスペルたちが、スルトが、フェンリルが、ミドガルズオルムが屠られていく。


 あの禍々しい力は私が与えたに等しいものだ。そして、ティルフィングは私の胸をも貫いた。私は死んだ。”神々の黄昏”は黄昏ではなく新たな日の出となったのだ。


 ふと、私は両の瞼を開いた。私は死んでいなかった。ただ、胸に穴が開いていた。私は立ち上がった。周りを見渡す。”黄昏の戦場”だった。神々の軍勢は既にいなかった。少し経って気づいたが”黄昏の戦場”は空間ごと断絶されていた。兄上、オーディーンのやりそうなことだ。孫娘の死んだ地を忌地としたのだろう。

 ”黄昏の戦場”で私は瞑想に耽った。何かを為すにも力が足りなかった。力がないせいで外の情報も掴めなかった。


 瞑想によって神気を回復していく中で私は”運命の導き手”として死ねなかったが故に死ぬことのない存在になったことが分かった。最早どうでもいいことだ。


 しかし、ある程度力を回復し終えると唐突に新たな使命が降ってきた。誰の意思によるものか知ることはないが兎に角私は死なねばならない。死はフォルセティとティルフィングによって与えられる。


 フォルセティは死んだはずだ。ティルフィングがどうなったのかは分からない。ここにきてようやく私は外の世界を探った。主にフォルセティとティルフィングのことについて。


 フォルセティは確かに死んでいた。しかし、オーディーンが「幾星霜を経た後にフォルセティは少年として再び生れ落ち復活する。予言の子は必ず現れる」と予言をしたらしい。ティルフィングは神々によって封印を施されたらしい。


 私はすぐに動き出すことはしなかった。それでは何をすればよいのか。私はオーディーンと言う神のことを嫌というほど知っていた。おそらくオーディーンはフォルセティの生まれ変わりが何時どのタイミングで誕生するのか確実に把握している。そして、気に食わないが私が生きていることも、どう動くかも大方把握しているはずだ。


 裏を返せば私はこのまま時を待てばいいだけだ。とは言ってもそれでは芸がない。”黄昏の戦場”を眺めてみる。


 スルトとムスペルたちは燃え尽き跡形もなく消えていたが軍勢や我が子たちの遺骸は打ち捨てられたまま野晒しになっている。


 そうだ、”神々の黄昏ラグナロク”を再演するのはどうだろうか。私が死ぬはずだったこの”黄昏の戦場”においてフォルセティに殺してもらおう。我ながらいい考えだ。


 さて、そうするとフェンリルやミドガルズオルム、軍勢の命を復活させねばならないがそんないい方法があるだろうか?


 まだ神気が足りない。というより胸のティルフィングに穿たれた穴から漏れ出ている。しばらく眠りについて考えをまとめるのがいいかもしれない…………。


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