第369話 或る神の回顧
自分は何者なのか、何を為すべきなのか。何者であれ多くの者がそれを解き明かすべく一生を費やすであろうことを私は生まれ落ちた瞬間から理解していた。
巨人の子として生まれ落ちた。誕生の証である産声を上げる前に私は自覚した。己が”運命の導き手”であることに。世界を、神々を滅ぼすべく産まれた存在であると。
目的が決まっていれば手段はすぐに見つかるものだ。神々に取り入るべく、王である魔術神オーディーンと兄妹の契りを交わした。オーディーンの息子である雷神トールと冒険に出た。全ては”
全ては順調だった。我が子として産んだフェンリルは神々に厄災をもたらすとして拘束された。ミドガルズオルムも同じく大海の底に打ち捨てられた。唯一の娘ヘルは冥府の神となった。”神々の黄昏”の準備は着実に進んでいく。
されど、生まれ持った性質なのか私は目的のためだけに生きることは出来なかった。オーディーンの孫、バルドルの子として産まれた娘、裁定の女神フォルセティは他の神々と違って私によく懐いた。愛されることに乏しかった私は気まぐれだったのか、いや、きっと寂しかったのだろう。フォルセティを慈しみ、可愛がった。色々と娯楽に手を出したがフォルセティが一番だった。
フォルセティは”神々の黄昏”の後も生き残る神の一人だと初めから知っていたから変に気負って付き合うこともなかったのも理由としては大きい。彼女の成長を見守るのが楽しみだった。
”神々の黄昏”の足音は少しずつ確かに近づいてくる。そんなある日、想定外の出来事が起きた。それが無垢なる剣ティルフィングの誕生だった。
予め知らされていない神の剣は明らかに異分子だった。状況を見定めすぐに排除しなければならない。
小人の夫妻に預けられたのを確認すると事故に見せかけて妻を殺した。後妻となった小人の女の心に高慢な自尊心と虚栄心を植え付け、それを切掛けに無垢なる剣を闇に突き落とした。
これで運命は修正された。そう思った。が、それはただの思い込みだった。闇に染まったはずのティルフィングはただ一人心を赦していた女神によって救済されてしまったのだ。
フォルセティがティルフィングの手を引いて宮殿に姿を現したとき、神々はそれはそれは驚いていたが一番驚いていたのは恐らく私だったに違いない。
麗しのフォルセティがティルフィングを引き取ると申し出た時、誰もが困惑し反対だった。私も反対するべきだった。しかし、口から出た言葉は真逆のものだった。
『ハハハハハ!いいじゃないか兄上!面白そうだし、私は賛成だ!』
『まあ!小母様ありがとう!』
フォルセティの柔らかい笑みを見て私の心は満たされた。あの言葉は”運命の導き手”としてのロキではなく、自然に育まれた別側面としての敢えて呼ぶならロズールの声だったのだろう。フォルセティの幸せを切に願う私の善性の声だったのだ。
今思えばそれが決定的だったのかもしれない。歯車が狂いだしたのは明白だった。その証拠だったのか今では分からないがあの頃から時折身体に激痛が走るようになった。
私は兎に角動かなければならなかった。例え運命に綻びが生じ、それが大きくなり破綻する他ない状況になったとしても動くしかなかった。
まず神々を挑発するために罵倒する機会を狙ったがとうとうその機会は訪れなかった。ここで回りくどい手段は捨てると決めた。
次に”神々の黄昏”の火種となるはずだったバルドルの暗殺を試みたがにべもなく失敗した。長きにわたる下準備は無駄となった。しかも、暗殺計画の黒幕がロキであると掴まれる始末だ。しかし、これはある意味で成功だった。神々は私を許しはしないだろう。私はそのままムスペルヘイムへと向かった。
既にムスペルヘイムの王スルトやその他の巨人たちの調略は済んでいた。強大なる我が子たちも時が満ちれば解放されるように仕込んである。さっさと開戦に踏み切ってしまおう。運命の歯車は確実に狂っている。理解していても、それでも私は己の役目を全うしようとした。それが神々にとっての、何よりも私にとっての悲劇になるとも知らずに…………。
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