第361話 助っ人、推参

 『アッシュ、凄いわ!……アッシュ……』


 アイギスは契約者の成長に歓喜の声も上げたがそれは一瞬だった。同じように鏡華とイサベルも手を取り合って喜びを露にしたがすぐに表情が曇った。


 「……アハ……ハ…………うん、やったよ…………けど……かはっ!」

 『アッシュ!』

 「イサベルはんっ!」

 「アッシュ君!」


 安堵の笑みを浮かべ、血を吐いて膝をついたアッシュにイサベルはすぐに駆け寄った。鎧が消え去りアッシュの華奢な身体は力なく数度揺れ倒れかける。


 「……ごめ……んね?……かはっ!こふっ!……双……魔…………」

 「アッシュ君、話さなくていいわ!安静にして!」


 イサベルは間一髪でアッシュの身体を支え、転倒を防いだ。そのままアッシュを横たえて身体を調べる。異変にすぐ気がついた。


 (っ!?肺の損傷!?……強力な力を使った代償……応急処置だけで間に合うかしら…………でも、やるしかない!)


 「其は医神、病に、傷に立ち向かう者を救いし太医アスクレピオスよ、その加護を我が手に!」


 素早い詠唱を終えるとイサベルの両手が淡い緑に発光する。傷を癒す通常魔術だ。詠唱を行うことによって効力が増しより身体の奥、内臓まで治癒の力を届けることができる。


 「…………こほっ!かはっ!」


 苦し気に身体を揺らして再び血を吐く。一刻の猶予もない、胸元に手を当ててアッシュの回復を図る。


 「私も手伝うわ!その方が回復が早いはずよ!」

 「ありがとうございます!」


 人の姿に戻ったアイギスもアッシュの胸元に手を置いた。契約を交わし直接アッシュと繋がりのあるアイギスの力添えは不慣れな術を行使するイサベルには頼もしかった。


 一方、鏡華の視線はアッシュとアイギスによって障壁から引き剥がされた”界極毒巨蛇”に向いていた。


 「……そう……ま……」


 親友の名を呟くとアッシュはそのまま気を失ってしまった。


 一方、フェルゼンに尾を破壊された痛みとアッシュによって拒絶された衝撃から神殺しの大蛇は既に立ち直っていた。双眼は無機質ながらも怒りに燃えている。巨大な鎌首をもたげ、既にこちらを攻める態勢を整えていた。


 (あかん……今度こそ…………)

 (……主)


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 浄玻璃鏡が鏡華を制止しようとした瞬間、”界極毒巨蛇ミドガルズオルム”が大地を鳴動させ進撃を開始した。今まで見せてきた狡知を見せることはない。なりふり構わずの力による攻勢だ。しかし、アッシュが倒れたことにより裸同然の鏡華たちにとってはそれが一番の脅威だった。


 「……ここでうちが動かへんかったら全滅……玻璃っ!」

 『………………………………承知……した』


 制止し続けていた浄玻璃鏡は長い長い沈黙の末に鏡華の意志を承諾した。鏡華は両手を迫り来る巨蛇に向けると深く息を吸った。


 (……双魔、ごめんな……もっと一緒にいたかった…………)


 鏡華は最愛の人、双魔を思い浮かべた。紫色に輝く瞳から一筋の涙が伝う。真の力を開放すれば皆を助けることができる。しかし、自分が現世に留まることは許されなくなる。


 双魔との思い出が奔流を成し鏡華の覚悟を鈍らせる。


 「…………くっ……」

 『…………』


 自分の心はこんなにも弱かったのか。双魔のことを思うと唇が震え言の葉を紡いでくれない。”界極毒巨蛇”は目前に迫っている。浄玻璃鏡は何も言わない。双魔に会えなくなるという未来が鏡華を凍つかせる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 「……っ!?」


 その間にも神殺しの怪物は前進を続けている。気づけば、既に手遅れになっていた。


 視界一杯に山の如く巨大な顎が大きく開かれていた。


 「…………あ……」


 結局、死の間際に自分の弱さを思い知っただけだった。偉大なる冥界の王の血を継ぎながらただの少女に過ぎなかった。もう終わりだ。諦めかけた…………その時だった。


 「……オッラァァァァァァァァァ!!!!!」


 何処からか乱暴かつ力強い雄叫びが響いた。そして、鏡華の視界に一瞬薄紫の光が輝いた。


 「…………え?」


 ドゴォォォォォォォォン!!!


 直後、凄まじい衝撃音が鳴り響き”界極毒巨蛇”の巨体が後方に吹き飛んだ。


 …………ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!ズシャァァァァ!


 人の力では如何ともしがたいはずの山脈の如き巨蛇が宙に浮き、大地を揺らしながら数キロ後退していきやがて初めに”神喰滅狼フェンリル”と共に構えていた地点でやっと止まった。


 「…………な、何?」


 突然の出来事に鏡華は瞬きをする他なかった。イサベルもほとんど同じ様子だ。


 『……間に……合った…………か』


 浄玻璃鏡が何か知っていたかのように呟いた。


 そんな中、白い布をはためかせながら上から何者かが落ちてきた。薄紫の剣気を全身に纏ったその人物はスタリと屋上に身を丸めて着地すると気だるげな動きで立ち上がった。


 「……っし!こんなもんか……さて、よく頑張ったな!ガキども!!」


 乱暴な物言い。オリーブグレージュの髪を揺らしながらクルリと振り返って見せる。長身に白衣を纏い、尻鞘に収まった太刀を肩に担ぐ。


 口元にはシニカルな笑みと咥え煙草。左眼のモノクルの奥では血色の瞳が爛々と輝く。


 ハシーシュ=ペンドラゴン。教え子の危機に駆けつける頼りになる教師が堂々たる姿がそこにはあった。


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