第360話 白騎士の意地
”
「…………!!!!!!」
尾を無くし音を発することの出来なくなった”界極毒巨蛇”は障壁を取り囲んだまま痛みに身体を大きく震わせた。
「くっ!……」
ミシミシと障壁が軋みアイギスが苦悶を表情に浮かべた。やはり遺物単体では力を生かしきれないのだ。遺物と言う存在は使い手がいる前提に創造されたもの故。
「…………」
そして、このタイミングでフェルゼンは輝きを失い一声も発さずに再び倒れてしまった。人間態となったカラドボルグが倒れたフェルゼンの身体を抱き留めた。
「フェルゼン!見直したわ!……チュッ!チュッ!チュッ!」
「色ボケ女っ!そんなことは後にしなさい!」
気を失ったフェルゼンの頬に熱烈なキスの雨を降らせるカラドボルグにアイギスが棘を刺した。
「あら!普段は上品上品うるさい癖に下品な言葉ね!いいじゃないこれくらい!今度は貴方たちの番でしょう?」
「何を…………アッシュ?」
カラドボルグの挑発めいた物言いに苦悶と共に不快感を露にしたアイギスだったが最後の一言で我に返った。何と、戦闘不能に陥ったはずのアッシュがイサベルに支えられて立っていたのだ。その顔色は青ざめていたが碧色の目は輝きを失っていなかった。死んでいなかった。
「……アイ……フェルゼンが……はあ……はあ……チャンスを作ってくれたんだ……今度は僕たちの番だよ?……そうでしょ?」
支えがなければすぐにでも崩れ落ちてしまうほど全身に激痛が走っているはずだ。アッシュの
それでもアッシュは笑って見せた。いつも見せている溌剌とした白い歯の輝く笑顔だ。仲間が逆境を貫くきっかけを作った。それを決して無駄にしない。瞳に宿った燃え滾る確かな意志と共に懸命で優しい、世界最高峰の神盾アイギスの契約者に相応しい若き遺物使いがそこにいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……命に別条がないとは言え……ひどい怪我ね……私が治療しても応急手当てにしかならないわ……」
時間は少し遡る。アッシュの手当てを任されたイサベルはアッシュを横たえるとすぐさま治療を開始していた。イサベルは専門と言うわけではないが教養として高いレベルの治療魔術を習得している。
医療魔術の利点は病ではなく怪我であれば触診である程度傷の深さを把握し、そのまま不用意に動かすことなく治療を行える点にある。
「……あれだけの攻撃を受けてこの程度で済むなんて…………これが遺物の力……」
腕から治療をはじめたイサベルは感嘆せざるを得なかった。アッシュの怪我は軽いものではないが”界極毒巨蛇”の一撃をここまでの損傷にとどめるアイギスの力に。出血している腕に薄緑に発光する手を当てると徐々に傷が癒えていく。
(……うん、大丈夫ね……次は…………これは……どういうこと、なの?)
両腕の治療を手早く終え次の治療に移ろうとした時だった。
「……オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーーー!!”
突然、勇壮な雄叫びが響き渡り七色の閃光が辺りを染めた。思わず手を止めてそちらを見る。七色の巨大な刃と”界極毒巨蛇”の尾が衝突し、アッシュを襲った堅牢な鱗に包まれる尾が瞬時に肉塊に変わった。
「…………マック=ロイさん……凄い…………え?」
それまで無傷だった”界極毒巨蛇”に明確な損傷を与えたフェルゼンはすぐに卒倒してしまった。あまりの衝撃に気が抜けてしまったイサベルだったが手を握られる感覚を覚えて我に返った。視線を下ろすと閉じていたアッシュの瞼から碧の意志の強さを感じさせる瞳がこちらを見つめていた。
「……ガビ……ロー……ルさん……ありがとう……重ねて悪いんだけど……立つのを手伝ってくれないかな?」
アッシュは在ろうことか治療の終わっている両腕でふらつきながらも上半身を起こした。
「オーエン君!ダメよ!安静にしてなきゃ!」
「……ううん…………ガビロールさんも見たでしょ?フェルゼンが頑張ってくれたんだ……次は僕の番さ……それに。双魔にみんなを守るって……約束したし……ね!」
アッシュはそう言って笑って見せた。双魔の不敵な笑みと違って明るい笑顔だったが親友と言うだけあってどこか似たものをイサベルは感じ取った。きっと言っても聞いてくれない。それに今自分がすることはアッシュをとどめることではない。人の上に立つ者として育てられたイサベルの経験がそう判断させた。
「……分かったわ、その代わりあと少しだけ待って。まだ腕の治療しか終わってないの」
「……ありがとう、ガビロールさん……それと……」
「……それと、何かしら?」
アッシュの話に耳を傾けながらイサベルは素早く全身に治療と痛みを軽減する術を掛けていく。
「……きっと、気づいたよね?でも、内緒にしてて欲しいんだ……特に……双魔には」
一瞬、それまでの力強い語気とは打って変わってアッシュは不安気で弱弱しい声を出した。手を動かしながら目を合わせると照れているような、申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。
イサベルはそれを見て声が詰まった。しかし、すぐに頷き返す。
「……安心して、秘密は守るわ……それと、私のことはイサベルでいいわ」
「……そっか、ありがとう。僕もアッシュでいいよ……流石双魔が好きになった女の子だね!」
「っ!……治療、終わったわ。肩を貸すからゆっくり立ちましょう……せーのっ!」
「うん、ありがとう!痛たたたたたっ!」
アッシュの言葉に少し頬を主に染めたイサベルはアッシュの脇の下に背中から手を回して立ち上がるのを助ける。アッシュもイサベルの肩に手を掛けて痛みを口にしながら何とか立ち上がった。
「……行けそう?アッシュ君」
「アハハ!違うよ、イサベルさん……行くんだっ!」
「……ええ、そうね」
アッシュはそう言って笑うと自分から足を前に出した。アッシュが復活したことに倒れたフェルゼンに寄り添っていたカラドボルグが気づく。
「……アッシュ?」
そして、アイギスも気づいた。何か信じられないようなものを見たような滅多に見せない表情を浮かべていた。微かに頬に一筋の涙が伝っていることにアッシュだけが気づいた。
「……アイ……フェルゼンが……はあ……はあ……チャンスを作ってくれたんだ……今度は僕たちの番だよ?……そうでしょ?」
「…………アッシュ…………貴方は強いわね……」
「アハハ…………それはそうだよ!何てったって僕の相棒は世界最高の盾なんだから!」
アイギスは契約者の一言に数回瞬きを繰り返し、やがて笑みを浮かべて手を差し出した。
「…………そうだったわ…………アッシュ、手を」
「うんっ!行くよっ!アイっ!盟約は此処に示された我が魂魄は汝の導き手なり!其は厄災を塞ぎし聖なる盾、神の手に在る絶対の守護!顕現せよ……」
「「”
アッシュとアイギスの声が重なり、黄金の光柱が天を突く。六つの小盾が再び展開し”界極毒巨蛇”に破壊された障壁は瞬時にその堅牢さを取り戻す。
そして、収束する黄金の輝きの中から神聖な鎧を身に纏い、マントをはためかせる白亜の戦士が姿を現した。
その手には清浄な剣気を放つ大盾がしっかりと握られていた。非の打ちどころのない鎧と対照的にそれを纏うのは満身創痍の若き遺物使い。それでも、神代の怪物と対峙するその姿は誰よりも勇ましかった。
「…………!?…………!!!!!!!」
尾を失った痛みにその長大な身体を揺らしていた”界極毒巨蛇”も異変に気づいたようだがもう遅かった。
「”
アッシュの高らかな声に反応して六つの小盾か強い輝きを帯びる。そして、強力な推進力を以って障壁の外へと進みはじめた。
起点である六つの小盾の外への推進に伴って障壁は徐々にその直径を拡大していく。
「!!!!!!!」
それに抗うように”界極毒巨蛇”は消失した尾のことなど忘れて全身に力を籠め、必死に蜷局を引き締める。獲物が狩る者に逆らうなどあってはならない。己の矜持を賭けて、母の命に背かないためにも逃がすわけにはいかなかった。
されど、この神代の大蛇に絶対の不利を覆しつつある矮小な人間たちを止めることは出来るはずもなかった。
「ハァァァァァァァァーーーーーー!!!!!」
数秒、障壁の拡張を抑え込んだ”界極毒巨蛇”だったが、アッシュの裂帛の声と共にアイギスの剣気は爆発し一気に障壁が拡大した。
「!!!!!!!!」
内側からの力に抗いきれなかった”界極毒巨蛇”は蜷局を解かざるをえず、障壁に巻きついていた身体を半ば引き剥がされるように自分から障壁から距離を取った。
ここにアッシュは神代の怪物の包囲から逃れることに成功したのだった。
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