第362話 静観
「「…………」」
人は「突然」と言うものに弱い。特に今の鏡華たちは直前まで絶体絶命だったのでなおさらだ。鏡華とイサベルは瞬きを繰り返すばかりで突拍子もなく現れたハシーシュのことを見つめることしかできなかった。
「……あん?おい、六道、ガビロール!どうしたんだ?」
「……先生?」
「ど、どうしてここに?」
「あ?んなもん可愛い生徒を助けるために決まってるだろうが!なあ、安綱!」
『フフッ……全く以ってその通りですが……主、後ほど恥ずかしがって頭を抱えるのですからあまり話さない方がいいのでは?』
「……うるせぇ」
刀の姿の安綱に指摘されたハシーシュは少し恥ずかしそうに頭をがりがりと搔いた。そして、屋上全体に視線を巡らす。
「……オーエンは無事か?」
「全身に外傷。それと肺に損傷があるわ……今、イサベルに手伝ってもらって治癒していたところよ。命に別状はないわ」
「そうか……マック=ロイは?」
「アッシュよりは軽傷よ!今は疲れて気絶してるだけ!いいところに来てくれたわ!助かっちゃった!」
「ん……大分頑張ってくれたみたいだな……」
ハシーシュはアイギスとカラドボルグの返答に頷くと再び”
「……六道、お前もよく我慢した。ガビロール、お前がいて双魔も助かっただろうさ」
「…………」
鏡華はハシーシュの労いに強く手を握り締めた。ハシーシュは鏡華が力を解放できない事情を把握しているのだろう。安堵と悔しさが込み上げてきたが何とか抑え込む。
「いえ……私はその…………」
イサベルはアッシュの治療を続けながらワタワタと照れるという器用な反応を見せた。
『……遅かっ……た……な……』
「玻璃?ハシーシュ先生が来るって知ってたん?」
『…………』
鏡華に問われた浄玻璃鏡は口を噤んだが代わりにハシーシュが口を開いた。
「うるせー!爺が術式を解くのに手間取ったんだよ!間に合ったんだからいいじゃねぇか!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時間は少し遡る。ロズールもといロキの妨害によりハシーシュが双魔たちの助太刀に駆けつけることが今の状態では不可能であると判断したヴォーダンはハシーシュに急かされながら仕掛けられた術式を解析していた。
『おい!爺っ!まだかっ!?』
「…………」
膝を揺らしながらハシーシュが苛立たし気に声を上げた。これで十度目だ。テーブルの上に置かれた灰皿には吸い殻の山が出来つつあった。双魔たちを心配し居ても立っても居られない感情を何とか押さえつけているのが分かっているため安綱も諫めようとはしなかった。
「…………む……」
黙っていたヴォーダンが微かに声を出して眉を動かした。それを見てハシーシュは勢いよく立ち上がった。
「繋がったか!?」
「うむ……しかし…………」
ロキの妨害を打ち破ったらしいヴォーダンだったがその表情は何とも言えないものだった。ハシーシュはすぐに悟った。
「おい!アイツらが危ないんだな!?そうなんだな!?」
「うむ。”界極毒巨蛇”が迫っておる。”神喰滅狼”も健在しておる」
「双魔は!?」
「伏見君は……愚妹と対峙しているようじゃな」
「分かった!んじゃ、さっさと送り込んでくれ!座標は……」
「分かっておる、向こうに入った瞬間に”界極毒巨蛇”を迎撃できる位置、それでよいな?」
ヴォーダンの問いにハシーシュは力強く頷き新しい煙草を咥えた。
「安綱ァ!!」
「御意」
ハシーシュの呼び掛けに安綱は刀に姿を変えハシーシュの手に収まった。瞬時に薄紫の剣気が迸り、煙草に自然と火が着いた。
「それでは転移させる……頼んだぞ」
「へっ!頼まれるまでもないなっ!」
パンッ!シュンッ!
ハシーシュの不敵な笑みを見たヴォーダンを音を立てて両の手を合わせた。部屋に鳴り響いた乾いた音が消え去る前に、ハシーシュと安綱は光に包まれて姿を消した。
「…………さて、グングニル」
「はい」
「儂らはもうしばらく静観する。事が終わった時に動く…………よいな?」
「かしこまりました」
ヴォーダンの申し出にグングニルは傅いた。隻眼の大いなる魔術師にして遺物使いの瞳は怪しげなる光を放っていた。
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