第357話 ”閉じる者”
閉じた瞼が瞳に闇を見せていた。全身に感じる冷たい風に双魔は静かに瞼を開く。闇から解き放たれた燐灰の眼には戦場の空が映った。
目の前には豪奢なローブを纏った仮面の神霊ロズール改め女神ロキが金髪を風に靡かせ、黒い瞳でこちらを情熱的に見つめていた。口元には笑みが浮かんでいた。期待の中にある拭いきれない微かな不安を隠すような笑みだった。
「…………」
「…………」
訪れた静寂にものを言う者は一人もいない。そして、数瞬が過ぎた後、初めに口を開いたのはロズールだった。
「さて、私の顔を見て、名を呼ばれてすべてを思い出したようだけど……今の君はどちらだい?フォルセティかな?それとも双魔かな?」
「……さあ、どっちだろうな?」
瞳に光を取り戻した双魔は期待を隠しきれていないロキに笑って見せた。姿はフォルセティだ。ロキはこの言葉をどう受け取るだろうか。
「フフフフッ……その憎まれ口、双魔だね?フォルセティの意識は表出してくれなかったか……残念だよ」
肩を竦めて笑みを返すロキは明らかに落胆していた。求めていた結果がに辿り着けなかったと思っているのだろう。しかし、それはロキの早とちりに過ぎない。何故ならばこの場にはロキが永遠に求めて止まなかった彼女が既にいるのだから。
「……アンタの言う通り、俺は双魔だが……こっちはどうかな?」
「なんだって?ッ!?」
双魔は敢えて挑発的にロキへと語りかけた。彼女は眉根を寄せて不快感を露にしたがすぐに息を吞むことになった。
秋桜の可憐な花弁が何処からか舞った。ティルフィングを握る双魔の傍らに瓜二つの白銀の女神、フォルセティが姿を現した。二人で話した通り魂だけだ。そのせいで姿は半透明の幻のような乙女に儚い。しかし、フォルセティは確かにロキの前にいた。
「……君は……君は……フォルセティなのかい?」
道化のように、役者のように何処か胡散臭く大仰に振舞っていたロキの声が初めて震えた。
『ええ、そうよ。私はフォルセティ。と言っても身体はこの子、双魔のものだから魂だけだけれど……改めて、お久しぶりねロキ小母様』
「…………」
フォルセティに微笑みかけられたロズールの頬に涙が伝った。
「……フフフフッ……ハハハハハハハハハッ!!!……良かった……君にもう一度会えると信じていたよ!……さて、その前に言っておくことがあるかな?改めて名乗ろうロズールとは偽りの名……私の真の名はロキ!厄災をもたらす者、”閉じる者”ロキである!」
感極まったのかロキは高らかに偽りなき己の名を明かした。神話に名を燦然と輝かせる終焉を導く狡知の神、その真の姿がそこにあった。
「……ロキ、か…………改めて”
ロズール改めロキの言葉を聞いても双魔は特に驚くことはなかった。記憶は全て共有し、足りない部分もフォルセティに全て聞いてきた。後はロキを打ち倒し学園とロンドンの街を救う公への奉仕。
そして、ロキしか知りえない話を聴かなければならない。自分自身とティルフィング、フォルセティにとって大切なことを成し遂げるだけだ。
『……小母様……』
「フフフフッ!フォルセティ、本当に久しぶりだね!君と会えたことで私の悲願は半分叶った……あともう半分だ……さあ!双魔!殺し合おう!そして私を越えてくれ!私を越えてくれ!さあ……さあ!さあ!さあ!」
フォルセティとの対面を果たしたロキは既に眼の輝きが変わっていた。黒い瞳は爛々と光を放ち、動くたびに薄く光の筋を描いている。
これまで片手で持っていたレーヴァテインの柄を両手で握りしめ、己の神気とレーヴァテインの蒼炎を迸らせ、今にも斬りかかってきそうな勢いだ。
再会を切に願っていたフォルセティの悲しげな声にも反応を見せない。闘い、決着を着けるしか静寂を破った荒ぶる神を鎮める手段はないように見えた。
「…………フォルセティ…………」
『……いいのよ……少し話せたわ…………後はこれが終わってからにしましょう……お願い、双魔……小母様を、ロキ小母様を解放してあげて』
「…………分かった」
フォルセティは寂しさの中に一握りの満足を見せて微笑むと頷いて見せた。今やフォルセティの心と双魔は繋がっている。双魔は彼女の意思を汲んで力強く頷き返した。
「さあ!双魔!麗しのフォルセティの転生たる魔術師よ!これが最後の闘いだ!全てを賭して闘おうじゃないか!」
ロキが叫びながらレーヴァテインを振り上げ、その身に蒼炎を纏って一歩踏み出した。双魔は静かに自分の髪と同じ銀の輝きを放つティルフィングを構えた。
両者は三度目の激突を果たす。それが最後の剣戟となることを確信して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます