第356話 双魔とフォルセティ

 「…………ん、でも……良かったじゃないか」

 「…………え?」


 沈黙を破った双魔の声にフォルセティは僅かに顔を上げた。


 「確かにアンタはティルフィングに酷なことを言った。でも……俺と言う女神フォルセティの生まれ変わりを通してティルフィングと再会を果たせた。俺がティルフィング契約を交わした。悲しませることもあったけど……今、ティルフィングは楽しく笑顔で暮らせている…………それが……アンタの願いだろう?俺の願いでもある……これは絶対だ」

 「…………双魔」


 燐灰の理知的な二つの瞳がぶつかり合った。片方には優しさと決意が、もう片方には救いが映し出されていた。


 「ん、まあ、こうして俺がフォルセティの生まれ変わりだってことを自認してアンタの意識がどうなるのかはよく分からないが……消えてなくなるわけじゃないんだろ?」

 「……ええ……きっと消えることはないはずよ……悪くても貴方の意識と私の意識が同化するくらいかしら?」

 「……それは面倒そうだから御免被りたいが……兎も角、ティルフィングとまた巡り会えたんだ。もっと楽観的になってもいいと思う……そのうち直接話す機会も作って見せる」

 「……フフフフッ……双魔、貴方相当なお人好しね!」

 「俺がお人好しってことはアンタもお人好しってことだな、フォルセティ」

 「あら?確かにそうだわ!フフフフッ!そうね……双魔の言う通りだわ!ティルフィングと話せるかどうかは分からないけれど、双魔とは話せるしね!」

 「ん、その意気だ……って訳で事態を切り抜けるための前向きな話をしたいんだが……」

 「ええ!そうしましょうか!」

 「……まず、幾つかアンタに確認しておきたいことがあるんだが……」

 「何かしら?」

 「一つ、基本的に俺が見ていたことはアンタも見ていた。それで間違いないな?」

 「ええ、それで合ってるわ……あっ!お風呂の時とかはちゃんと見ないようにしてるから安心してね!」

 「……今そこはどうでもいいんだが……まあ、いい。二つ目だが……さっきまで闘っていた黒いティルフィングについてアンタの見解を聞きたい」

 「そうね…………」


 双魔の問いにフォルセティは口元に手を当て数秒考える素振りを見せた。そして、ゆっくり口を開いた。


 「……見た目は私が出会った時のティルフィング……負の力に染まった時とほとんど同じね……ただ……」

 「……ただ?」

 「あの精神はティルフィングであってティルフィングじゃないわ……例えるなら磁石のように負の力を引き寄せる何かをティルフィングに埋め込んで……負の力が全て一点に集まった時を狙って引き抜いて結晶化させたような感じかしら?兎に角、アレは純粋な負の力の具現、ティルフィングの中にあった矛盾の片割れをそっくり引き抜いたような存在だと思うわ……きっと小母様が何かしたんだと思うけれど……」

 「そうか……」


 フォルセティの所感はほとんど双魔と同じだった。ここまでの話の中でロキがティルフィングに直接何かをしたということ事実は見えなかったが残されているティルフィングの謎にロキが関わっているのは間違いないはずだ。


 「三つ目だが……ティルフィングの記憶喪失の原因について何か知っているか?」

 「……記憶喪失……心当たりがない訳じゃないわ。完全に私が出会った時と同じ姿と言うわけじゃない……右眼は綺麗な金色のままだったけど、髪が黒くなっていたから……きっと私が死んだ後に暴走して多くの血を吸ってしまったはずよ……私の死と暴走の衝撃で記憶喪失……これは可能性の一つね……死んでしまってからは真実を見抜く力が上手く使えないの、ごめんね?」

 「いや……大丈夫だ、参考になった」

 「……ああ、それともう一つ、ティルフィングの力についてなんだけど……」

 「…………ん?」


 フォルセティは何か重要なことを思い出したのか言葉を繋いだ。双魔にとっても気になる内容と予想できた。


 「双魔も何度か使った”真実の剣ヴァール”。あれは私の真実を司る力の具現、理から外れた者を解き放つものだけど……もう一つ、貴方が普段使っている紅い氷の剣気についても私は関知していないわ……あの子の材料にはニブルヘイムの不融氷晶、決して解けることのない氷が使われているけれど……私と過ごしていた時はあの氷の力の片鱗すらなかった…………やっぱり私たちの他にティルフィングに手を加えた者がいると見るのは間違いないと思うわ」

 「それはつまり……ロキ以外の関与もあり得るってことか?」

 「ええ……それが誰かはやっぱり分からないけれど…………」

 「……そうか、でもそれもロキが知っているような気がする。戻って奴の願い通りにしてやれば幾らかは話を聴かせてくれるだろうさ」

 「……そうね…………じゃあ、そろそろ戻りましょうかっ!うーーーーん!ここから外に出るのは本当に久しぶり!ロキ小母様に会うのも……ティルフィングに会うのも……」


 フォルセティは勢いよく立ち上がると両手を上げて身体を伸ばした。緩やかに吹く風に煌めく銀髪がサラサラと揺れた。


 一方、双魔はフォルセティの発言に座ったまま目を丸くしていた。


 「って、アンタもついてくるのか!?方法は!?」

 「フフフフッ!双魔が私のことを認識した時点である程度私の意識は自由に出来るようになったのよ!だから、私も一緒に行くわっ!」


 自由奔放さを垣間見せたフォルセティに母シグリの姿が重なった。思えば姿もよく似ている。北欧の旧家出身の母も恐らくフォルセティの縁者なのだろう。父を困らせる母と天衣無縫かつ明朗快活な雰囲気がよく似ていた。


 しかし、一心同体ならぬ二心同体が故か双魔は明るさで隠したフォルセティの不安を見抜いた。


 「……心配するなよ。もしティルフィングの記憶が戻らなくてもアンタのことはきっと分かるさ……記憶が無くとも心で、魂でアンタのことが分かるはずだ……全部終わったら話したいことを全部話せばいい……だから、大丈夫さ」


 自分よりも遥かに年上であるフォルセティに双魔は穏やかに言い聞かせるように言葉を紡ぎゆっくりと立ち上がった。


 「……フフッ……双魔、貴方はやっぱり優しいわね……面倒な因果に付き合わせてしまってごめんね?ティルフィングと貴方が無事に契約してくれて……良かったわ」


 頭上に伸ばしていた手を腰の後ろに回して微笑んだフォルセティの瞳は潤んで宝石のように輝いていた。


 「んじゃ、決着を着けに行くとするかっ!」

 「ええ!そうしましょうっ!」


 三度目の一陣の風が吹いた。色とりどりの花弁が輪を描くように蒼穹に舞い上がる。双魔とフォルセティの影を包み込むように。


 風が吹き止むとそこには二人のお茶会の後であるテーブルと椅子が二つだけ残されているだけだった。


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