第346話 黄昏に散る闇

 「流石、元は一つだっただけあって力は互角のようだね」


 眼下で起こる漆黒と真紅の激突を眺めながらロズールは薄っすらと笑みを浮かべた。


 『フザケルナ!我ノ方ガ強イニ決マッテイルッ!アアアアアアアアァァァ!!』

 「おや、気に障ったかな?これは失敬だったね」


 ロズールは憤りで声を荒げた黒いティルフィングを軽く流した。


 『貴様モ契約シテヤッテイルンダ少シハ力ヲ貸セ!』

 「おや、いいのかな?」

 『剣ノ実力ハ契約者ノ力モ含マレルモノダッ!』

 「フフフフッ……確かに君の言うことも一理あるね!それでは、少しだけ」


 ロズールが軽く柄を握る手に力を籠めると黒い靄が発生し、漆黒の剣身に溶け込むように消えた。


 『オ?オオ!?コレハッ……コノ力ハ……貴様……何者ダ?』

 「私は神だよ」

 『…………マア、イイ。コノ力ガアレバ我ガ本物デアルト証明デキルカラナッ!アアアアアアアアァァァ!!』


 ロズールの返答に疑念を向けた黒いティルフィングだったがそんなことはどうでもよくなったのか黒いティルフィングは荒々しい咆哮を上げた。ロズールの力によって剣気は禍々しさと激しさを増し、力の拮抗を徐々に崩しはじめた。真紅が漆黒の螺旋に飲み込まれはじめる。


 「……クッ……」

 『ソーマっ!?』

 『ヒッヒッヒッヒッ!ブツカッテ見レバ大シタコトハナイナ!我コソガ真ノティルフィングダッ!!ヒッヒッヒッヒッ!』


 剣気の波動の奥から忌々しき自身の片割れとその契約者の苦し気な声が聞こえてくる。黒いティルフィングはこれに気を良くして笑いが止まらない。仮の契約者からは無限と言っていいほどの力が流れ込んでくる。自分の勝利は殆ど確実だ。


 そして、黒いティルフィングが思った通り数瞬後、漆黒の濁流は真紅の剣気を押し切り、紅氷の煌めきを完全に飲み込んだ。


 『ヒッヒッヒッ!手応エアリダッ!!』

 「おやおや……」


 己の漆黒の剣気が獲物を完全に飲み込んだ。微かに崩れゆく敵影も見えた。これで第一の目的は果たした。仮の契約者の意味深な呟きが癇に障ったがそれも僅かな間だ。


 黒いティルフィングの心はすぐさま勝利に酔いどれる。邪魔者は消した。後は好きなことを、鏖殺を執行し鮮血を好きなだけ浴び、吸えばいい。


 『ヒッヒッヒッ……ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!」


 パキンッ!


 『ヒッヒッ……ヒッ?……ナ……ン……ダ?』


 歓喜から止まることない笑い声を上げていた時だった。小さな、何かが割れるような音が聞こえた。それと同時に感覚に異変が生じた。否、一部の感覚が消失した。


 「ナ……ナニ……ガ…………」


 事態を理解できずに黒いティルフィングは黒い靄に包まれ人間態へと戻る。


 すると、華奢な肩に掛かっていたはずの背丈ほど長かった髪が肩口辺りからバッサリと切断されていた。視界が嫌に狭い。何かがついているのかと顔を触ろうとした。しかし、頬に触れたのは柔らかな手ではなく無機質で冷たい何かだった。


 「……ウ……噓……ダ…………ヒッ!?」


 黒いティルフィングは信じられなかった。確かに自分が勝利したはずだった。声が震える。


 自分の両手を見ると短い悲鳴が漏れ出た。そこにあったはずの手は手首から先がなく、紅の氷に覆われていた。


 他にも、腕に、脚に、胸に、投げ捨てられた陶人形のように痛ましい亀裂が入っていた。


 「…………ウ……ウアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!」


 感じたことのない感情、言葉で表すなら”恐怖”。それに囚われ壮絶な叫び声を上げた瞬間、頬から鮮血を流す銀髪の少年が狭くなっていた視界に現れた。


 少年の、伏見双魔の手には白銀に輝く己の片割れである傷一つない剣が握られている。微かに反射した己の姿は両手を失い、顔の半分が崩れ、全身がひび割れた醜いとしか言いようのない姿だった。


 「悪いが、この場所に来た時点で俺の目的勘定にお前さんは入ってない……安らかになっ!」

 『貴様が何なのかは知らぬ!が、ティルフィングは我だけだっ!』


 少年の声と忌々しき片割れの声が重なり、自分に向かって白銀の剣が、真のティルフィングが振り下ろされる。


 避けようとしても崩れて機能を失った身体は動いてはくれない。


 「イ!嫌ダッ……我ハッ…………」


 それが最後の言葉だった。涼風の如き斬閃が吹いた。満身創痍の身体は縦に割れ、地上に落ちることなく、砂漠の蜃気楼のように黄昏の空に消え去った。

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