第347話 ”紅氷の影法師”
時はロズールが黒いティルフィングに力を貸した数瞬後まで遡る。
「……クッ……」
『ソーマっ!?』
突然力を増した渦巻く漆黒の剣気に双魔は思わず息を漏らした。ティルフィングも双魔を心配して声を上げる。
(大丈夫だ……今のところな)
(うむ!あのロズールとかいうやつが力を貸したようだが……気に食わないが今のところ我とあの偽物の力は同じ、ロズールとソーマもきっと同じだぞ?)
(……つまり、このままじゃ決着はつかない、か……よし、一芝居打つ)
(む?何を……いや、我はソーマを信じるぞ!)
(ん、ありがとさん。俺もティルフィングを信じてるさ)
双魔はティルフィングとの密談を終えると一瞬ティルフィングを片手持ちにして左手を前にかざした。それによって力の均衡が崩れ徐々に黒いティルフィングの剣気がティルフィングの紅の剣気を飲み込んでいく。これで油断を誘えるだろう。
「”
微かに呟くと瞬く間に双魔そっくりな紅氷の氷像が形成される。双魔が行おうとしているのはこの氷像を身代わり、囮にした奇襲だった。
”紅氷の影法師”にはティルフィングの剣気に加えて双魔の魔力も組み込んである。数瞬であればロズールは兎も角黒いティルフィングは欺けるはずだ。
(よし、行くぞっ!)
(うむ!)
双魔は”
『ヒッヒッヒッヒッ!ブツカッテ見レバ大シタコトハナイナ!我コソガ真ノティルフィングダッ!!ヒッヒッヒッヒッ!』
黒いティルフィングは攻撃しているのが双魔の身代わりだとは気づかずに哄笑を上げている。
(……よし、気づかれてないな……っ!?)
双魔が一安心した瞬間だった。ロズールの視線が僅かに動いた。仮面の奥の瞳が確かに真上の双魔に向いたのだ。そして、口元に笑みを浮かべた。
が、それ以上ロズールは動こうとしなかった。ロズールの意図が読めない。しかし、ここは迷ってはいけない場面だ。
(ソーマ!どうするのだ!?)
ロズールに気づいたらしいティルフィングも困惑している。双魔は迷わなかった。
(予想通りだ!)
双魔は身体を包む白銀の魔力を推進力にティルフィングを両手でしっかりと握り急降下する。それでも、ロ ズールは黒いティルフィングを下に向けたまま動く気配は見せなかった。
「……シッ!!」
鋭い声と共に双魔は剣気を囮を飲み込み無防備となっている漆黒の魔剣へと身体ごと落ちるように振り下ろした。
パキンッ!
それは凶悪な魔剣が発したとは到底信じられない繊細というべき破砕音が鳴り響いた。
黒曜石の如く怪しい煌めきを放っていた魔剣の剣身が半ば辺りで切断され、砂のように消えてなくなった。
『ヒッヒッ……ヒッ?……ナ……ン……ダ?』
歓喜からか止まることのなかった邪悪な哄笑が止んだ。己に起きた異常に気がついたようだ。
「ナ……ナニ……ガ…………」
事態を理解出来ずにいる黒いティルフィングは黒い靄に包まれ人間態へと戻る。
その姿は手を下した双魔でさえ一抹の痛ましさを感じざるを得ない凄惨なものだった。長かった髪と両手が切断され、片方の眼も消失していた。さらに腕、脚、胸に大きなひびが入っていた。仮に人間であれば命を拾ったとしても一生ベッドの上だろう。
「……ウ……噓……ダ…………ヒッ!?…………ウ……ウアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!」
「…………」
恐怖に崩れた顔を歪め叫び声を上げる黒いティルフィングの前に双魔立った。それでもロズールは何もしようとしない。寧ろ傍観を楽しんでいるようだった。
ここまで惨い姿を見れば双魔も、ティルフィングにも黒いティルフィングへの憐れみの情が生まれる。してやれることは一刀のもとに止めを刺してやることだけだ。双魔は白銀に輝くティルフィングを正眼に構えた。
「悪いが、この場所に来た時点で俺の目的勘定にお前さんは入ってない……安らかになっ!」
『貴様が何なのかは知らぬ!が、ティルフィングは我だけだっ!』
手向けの言葉と共に白銀の刃を振り下ろす。
「イ!嫌ダッ……我ハッ…………」
黒いティルフィングの言葉を遮るように銀閃が空気を割いた。ティルフィングの片割れを名乗る邪悪なる魔剣は黄昏の空に消え去った。
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