第333話 瞬間移動?
「よっ……と……イサベル、イサベルはどこだ!?」
「「…………」」
「あら、双魔どうしたん?イサベルはんに何か用?イサベルはーん」
巨人たちを処理するためにイサベルの協力が必要とした双魔は最前線から一瞬にして仮想の学園の屋上、鏡華の真横へと移動していた。
突然現れた双魔にアッシュとフェルゼンは目を丸くしているが、鏡華は特に驚くことなくゴーレムのコントロール精度を確認するために離れていたイサベルに呼び掛けた。
「双魔……ロザリンさんと前線にいたんじゃないの?どうやってここまで……」
「ん、詳しく説明すると長くなるが簡単に言うと瞬間移動を使った。イサベルに協力してもらって一気に巨人たちを潰そうと思ってな……」
「しゅ、瞬間移動?」
双魔の返答を聞いたアッシュは瞬きをした。長い付き合いにもかかわらず双魔が次々と見せてこなかった面を出してくるので戸惑ってしまったのだ。
ここで双魔の言う”瞬間移動”の種明かしを軽くしてこう。
双魔は固有魔術”
空間魔術を使いこなす能力上、双魔は狭範囲、広範囲問わず魔術的空間認識能力が異常なまでに発達している。よって、短中距離間なら指標になる魔術的目印が存在していれば目印の傍と自分の傍に創り出した二つの空間を繋げ瞬間移動に類似した魔術を行使することができるのだ。
今回、双魔が鏡華の傍に現れたのは本人には伝えていないが鏡華の頭で揺れている曼珠沙華の髪飾りが双魔の目印として働くようになっているからだ。驚かない鏡華の様子からすると気づいているかもしれないが。
「鏡華さん?どうかしましたか……って双魔君!?ええと……そ、その!前線にいたんじゃ……」
鏡華に呼ばれて小走りでやってきたイサベルは双魔の顔を見るや驚き、そのまま頬を染めて少し俯いてしまった。
(う……そんな反応されると俺も恥ずかしくなってくるんだが……って今はそんな場合じゃない!)
先ほどの魔力譲渡を思い出したらしきイサベルに釣られて双魔も胸のあたりがむず痒くなるが今は有事だ。引っ張られた思考をすぐに引き戻す。
「イサベル、頼みがある」
「っ!分かったわ。何をすればいいのかしら?」
イサベルも双魔の顔を見てすぐに現実に引き戻されたのか表情を引き締めて双魔と向き合った。因みに頬はまだ薄く朱に染まっている。
「今から巨人を一掃する。そのためには奴らの首を狙う必要があるんだが……俺が自分で行くのは厳しい。鳥型のゴーレムで俺を奴らの近くまで連れていって欲しい」
「鳥型のゴーレムね!了解よ!素材は何がいいかしら?」
「それなんだが……ティルフィングの紅氷でゴーレムを作ってくれ。それなら強度も速さも申し分ないはずだ」
「……ティルフィングさんの紅氷で?それは……難しいんじゃ……」
イサベルの表情が一瞬曇った。「双魔の期待には応えたい、が遺物の剣気でゴーレムを作って使役するなどできるのだろうか」という相反する気持ちがせめぎ合ったのだろう。
「大丈夫だ、イサベルなら出来る」
「双魔君……でも……」
「安心しろ、今、イサベルの中には俺の魔力も流れている。ティルフィングの剣気も扱えるはずだ」
「……分かった、やってみるわ!」
双魔に両肩を優しく掴まれたイサベルは数秒の沈黙の後、力強く首を縦に振った。紫黒の瞳に不安は残っていない、いつもの力強く美しい目がそこにはあった。
「ん、ティルフィング」
『うむ!』
双魔はティルフィングを軽く振って剣気を放出する。紅の剣気はイサベルの目の前で一辺二メートルほどの立方体の氷へと変化する。
「魔力を同調するのに少し時間が掛かりそうだから、待っていて」
「ん、分かった。俺の方も少し準備があるから大丈夫だ」
イサベルが紅氷に手を当てて、瞳を閉じる。土や岩、水など使い慣れたものと遺物の剣気は全く異なる。下手に急かさずにイサベルを待つのが一番だろう。
双魔はイサベルを横目に気にしつつ右手を前にかざした。
「
直径一メートルほどの魔法円が目の前に浮かび上がる。いつもの緑色の魔法円ではなく、もっとくすんだ色の不気味さを放つ魔法円だ。近くでこちらの様子を窺っていた鏡華が少し眉を動かした。
「其は呪いに染まりし忌華、潔き死を与えるもの……”呪落黒椿”」
双魔が呟くように詠唱すると魔法円から高さ一メートルほどの小さな椿の木が現れた。
通常の椿と比べてかなり小さい上に楕円の葉には濃緑の斑模様が刻まれており、所々に付いている蕾は黒く禍々しい魔力を纏っている。明らかに癖にある魔植物に違いなかった。
魔法円が消え去る直前にポロポロ種のようなものを零れ落とした。
双魔はそれを拾い集め、ローブの内ポケットにしまい込むのだった。
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