第334話 紅氷の大翼
「……ん、大丈夫そうだな。鏡華」
「……なぁに?」
「この
「……分かった。せやけど……この椿、大丈夫なん?」
椿が纏う不気味さに表情には出さないものの鏡華は疑念を持っているようだった。それも仕方がない代物なので双魔は思わずバツが悪そうに親指でこめかみをグリグリ刺激した。
「……ん、まあ見ればわかるかなり負の魔性が強い植物だけど対象以外に危害はないから大丈夫だ」
「そ、双魔がそう言うならええわ。しっかりね、イサベルはんのこと守ってあげないとアカンよ?」
「……?ああ、分かってる」
「双魔君、なんとか……準備……出来たわ」
鏡華が何を言いたいのか分からずに首を傾げると同時にイサベルから声が掛かった。そちらを見ると氷塊に手を当てたままのイサベルが難しそうな表情を浮かべていた。やはり、剣気と同調はかなり苦労したようだが成功させることからイサベルの潜在能力がさらに高いことを窺わせた。
「ん、じゃあ頼む」
「……双魔君……その……手を……」
「…………」
イサベルは両手を氷塊にかざすと小さく呟いた。双魔は何も言わずにイサベルの後ろに回り、イサベルの身体を支えるようにしながら腕を伸ばし、イサベルの左手に重ねた。
「……スー……ハー……スー……汝、紅の魔剣を根源とする絶氷……その力、我に委ね給え……これは汝と朋友の盟約に基づく行使である……」
詠唱を開始すると紅の氷塊が淡い光を放ちはじめた。徐々にその形を解かれて不定形の形へと姿を変えていく。
イサベルは直接ティルフィングの剣気を操ることは不可能。双魔が一度放出し、紅氷と化したものをもう一度剣気に戻す必要がある。今の詠唱でそれが完了した。後はイサベルの術式を組み込み成型するだけだ。
「汝に翼を授けよう、汝の朋友を導く大翼である。汝に体躯を与えよう、汝の朋友と共に空を切り裂く躯体である……」
普段よりも長い詠唱だ。自分の術式を濃密で癖のある遺物の剣気と一体化させるには時間と集中力が不可欠。額には珠の汗が浮かび、顔へと滴り落ちている。同時に目の前の紅氷だったものは輝きを帯びながらその形を変えていく。
「……汝が名は”
イサベルが鋭い声で詠唱を終え、紅の輝きが弾けた。
「ピィーーーーーーーュロロロッ!!!」
そこには双魔よりも一回り大きい紅氷の大鷲がいた。軽く翼を動かしながら猛禽特有の空気を切るような高い鳴き声を上げる。
「グアッ!グアッ!」
「きゃっ!」
「ほほほほ……元気な鷲はんやね」
感触を確かめるように脚、首、翼、尾羽を動かし、最後に数度はばたく。まるで本物の生きた鷲のようだ。双魔の予想を超える活躍をしてくれること間違いない。
巻き起こった風にイサベルと鏡華はスカートの裾を押さえた。”呪落黒椿”も風に煽られて葉をざわざわと揺らしたが幸い倒れることはなかった。
「……グアッ!」
やがて、自分の身体を把握したのか大鷲は脚を畳んで屈み、自分の背中を突くように首を動かした。
「……はー……出来た!双魔君、乗って。私も一緒に行くわ!」
「……いや、危険だから俺一人でいい。疲れてるだろ?」
「危なくても構わないわ。遠隔操作の方が集中力がいるし、反応のラグもあるから。防衛のゴーレムは自己判断できるように術式を汲んであるからここを離れても大丈夫。それに危なくなっても双魔君が守ってくれるから問題ないわ!よいしょっ……きゃっ!?」
「……仕方ない。んじゃ……頼りにしてるぞ」
息の上がった身体を押して大鷲の背によじ登ろうとするイサベルを抱えて、双魔は大鷲の背に飛び乗った。
『むう!凄いな……ソーマは我の力でこういうのは作れないのか?』
「ちょっと生き物は厳しいな……まあ、時間があったら色々試してみるか」
『うむ!我も頑張るぞ!』
「双魔君、ティルフィングさん飛ぶわ!」
「気ぃつけてね?三人とも」
「ああ、すぐに片づけてくる」
「グアッ!グアッ!」
紅氷の大鷲が翼を鳴き声と共に羽ばたかせふわりと宙に浮く。二、三メートル浮かんだかと思うと屋上から滑空するように主二人を乗せて空を舞った。
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