第311話 双魔の裁き?

 「アイ!もうやめてよ!いつもはそんなに短気じゃないでしょ!」

 「カラドボルグ!いい加減にしろ!お前はいつからそんなに面倒な性格になったんだ!?」


 舌戦ならまだしも剣気まで滲み出れば洒落にならない。本格的に不味いと判断したアッシュはアイギスの腰に抱きついてカラドボルグから引き剝がそうと試み、フェルゼンもカラドボルグを羽交い絞めにすると同じくアイギスから引き離すように後ろへ引っ張る。


 「……アッシュ」


 先に頭が冷えたのはアイギスだった。流石は知恵の女神の聖盾と言ったところか。カラドボルグを押す力を弱めた。


 「……何よ……つまらないわね」


 一方のカラドボルグは戦士の剣たる故か相手が本気でなければ興がそがれる質なのか同じく力を弱め一歩引いた。こうして一難去ったがまだ両者とも釈然としてはいない表情を浮かべている。


 「……後輩君に決めてもらったら?二人共……」

 「……はい?……げ」


 そこで空腹に耐えかねたのか、それとも何か考えがあってのことなのかロザリンから思わぬ矢が放たれた双魔は思わず視線を窓の外から室内へと戻してしまう。そして、こちらを見ていたアイギスとカラドボルグの二人とばっちり目が合ってしまった。


 「双魔、どうにかして!」

 「双魔、お前にすべてがかかっているぞ!」

 「…………俺はパリスじゃないんだぞ……」


 アッシュとフェルゼンに懇願された双魔はぼやかずにはいられなかった。


 ”パリス”とは彼の有名なトロイア戦争の引き金となる決断を下したトロイの王子のことだ。パリスは神妃ヘラ、知恵の女神アテナ、美の女神アフロディーテの三柱のうち一番美しい女神が誰かを決める役割を与えられた。


 三柱の女神はパリスに選ばれたいがためにそれぞれ、世界の支配権、戦争での勝利、絶世の美女を与えると条件を提示し、パリスがアフロディーテを選んだことがアカイアとトロイの大戦争のきっかけとなったのだ。


 双魔は条件を提示されているわけではないが二人の神話級遺物のどちらが美しいかを決めなければ状況に陥った自分を例えるにはいい故事だろう。しかも、片方は当事者である女神アテナの盾だ。へたな答えは赦されない。


 「「「「…………」」」」

 「…………お腹減った……」


 ティルフィングに鏡華、ゲイボルグに浄玻璃鏡は双魔が何を言うのか興味深げに見つめているが、ロザリンは双魔に差し向けるだけ差し向けて空腹モードに戻っている。


 (…………ロザリンさんだから仕方ないと言えばそうだが……釈然としないな……)


 しかし、こうなっては何か言うしかあるまい。双魔は片目を瞑ってこめかみをグリグリと数秒間刺激してから、片目を閉じたまま口を開いた。


 「……ん、月並みの答えだが美しさってのは……まあ、個々人で異なるものだからな、一概にどちらが美しいとは言い切れないだろ……アイギスさんの思う美しさとカラドボルグが思う美しさはどこまで伸ばしても交わらないところにあるってことで……比較するべくもないってことに……して欲しいんだが……」

 「「…………」」


 双魔の歯切れの悪い答えを聞いたアイギスとカラドボルグは再びお互いの顔を見合った。


 (…………駄目だったかね?)


 二人とも感性は人間と異なるところがあるのでこの玉虫色と思われても仕方ない答えにどう反応するかはほとんどギャンブルだった。


 「……そうね、私とこの女は何処まで行っても交わらないわ。気に食わない女だけど分かっていて争うのも知性に欠けるわね」

 「確かに……私はこんなに頭固くないものね……気に食わない女なのは変わらないけど争う必要はないわね……気に食わないけど!」

 「双魔、貴方に免じて今回は矛を収めるわ。ごめんなさい、他の皆にも迷惑をかけたわ」


 (……盾なのに矛を収めるのか)


 「……双魔、女は男に決断して欲しいものだけど、今回は悪くなかったと思うわよ?ってわけでこれでおしまい!お昼ご飯にしましょう!」


 双魔がくだらないことを考えているうちにどうやらことは収まったようだ。


 カラドボルグが手に持っていた大きめの四角い藤のバスケットを掲げて見せた。


 「……?カラドボルグ、それはなんだ?」

 「あっ!!大変!!忘れてたわ!」


 フェルゼンに聞かれて何かに気づいたのか、カラドボルグが自分で持っていたバスケットを見て慌てて振り返った。


 「……あの、入って大丈夫……かしら?」


 扉の影からは見慣れたサイドテールを揺らしながらイサベルが如何にもおずおずと言った様子で顔を覗かせていた。


 「イサベル……そんなところでどうしたんだ?」

 「双魔君こんにちは……えっと……事務棟に入るところでそこの……カラドボルグさんと会って……」


 『遺物科の評議会室に行くの?丁度私も行くところなのよ!貴女、双魔のいい人でしょう?その荷物重そうだから持ってあげるわ!遠慮しなくていいのよ?』


 ”双魔のいい人”という言葉に対しての一瞬の動揺を突かれたイサベルは断る間もなくカラドボルグに荷物を持たれてしまったのだ。


 余計なことを言って墓穴を掘りたくはないので簡潔に説明していく。


 「それで……カラドボルグさんが先に部屋に入ったと思ったら…………」

 「……さっきまでの口喧嘩がはじまったってわけか……」

 「……ええ…………」

 「本当にごめんね!」

 「俺からも謝罪する、うちのじゃじゃ馬が申し訳ない……」

 「ちょっと!フェルゼン、じゃじゃ馬はないでしょう?」

 「あっ!いや、すまん……」

 「いえ、気になさらないでください!荷物持っていただけて助かりましたから……」


 イサベルがわたわたと両手を振ってカラドボルグに感謝を伝えているのを見ているとジッとしていた鏡華が動いた。


 「はいはい、イサベルはんも来たしお昼にしよ。ほら、みんな席について。な?」

 「ティルフィング」

 「うむ!」


 双魔が椅子を引いて膝を叩くとティルフィングが笑顔で寄ってきてぴょんと飛び乗った。双魔の右隣には鏡華、左にイサベル、正面にロザリンが座り、他の面々も開いている椅子に座った。


 「ご飯!」


 ロザリンの期待の籠った一言で鏡華とイサベルは持ってきた風呂敷包みとバスケットを開く。


 いつもとはひと味違うランチに全員が期待に胸を膨らませるのだった。

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