第310話 お弁当到着!
「……うーん……おなか減った…………」
やはり
「…………っ!?」
「わ!ビックリした!ロザリンさん?」
双魔とアッシュを挟んでブツブツと呟いていたロザリンが不意に顔を上げた。そして、形のいい鼻が再びひくひくと動いた。
「……いい匂い……ご飯の匂いがする!」
「いい匂い?」
「…………ああ、来たか」
事情を知らないアッシュはポカンとしているが双魔には心当たりがある。朝家を出る時に鏡華が忙しそうにしていたアレだ。きっとロザリンも一緒なのだろう。
が、ロザリンの犬並の嗅覚からするとここに到着するまでもう少しかかるはずだ。
そして数分後、廊下の向こうから幾つかの気配が近づいてくる。遺物の気配だ。その気配は部屋の目の前で止まった。
コンッコンッコンッ
扉が上品に叩かれる。扉の向こうにいるのは鏡華に違いない。
『双魔いる?』
「ん、入っていいぞ」
入室を許可するとゆっくりと扉が開き、部屋の前に立っていた人影がぞろぞろと入ってくる。
「双魔、お疲れ様。ロザリンはんとアッシュはんはこんにちは……そちらの御仁は初めましてやね?六道鏡華と言います。どうぞよしなに」
「やっほー」
「鏡華さん?こんにちは!」
「これは丁寧に。噂は聞いている。同い年らしいな?気軽にフェルゼンと呼んでくれて構わない。こちらこそよろしく頼む!」
「ソーマ!お弁当を持ってきたぞ!」
「ヒッヒッヒ!面白そうだから来させてもらったぜ!」
制服を着て紫の風呂敷包みを持った鏡華を先頭にゲイボルグの背中に乗ったティルフィングが元気のいい笑顔で続く。
「…………」
さらにその後ろには普段は顔を出さない
「私もお邪魔するわ。理由はまあ、ゲイボルグと同じね」
その隣からアイギスがウェーブのかかった髪を揺らしながら顔を覗かせた。察するにティルフィングがサロンで弁当の話をして興味を覚えたのだろう。
「わ!アイまで……みんなしてどうしたの?お弁当って言ったけど……」
事情を吞み込めていないアッシュはやや困惑気味だ。一方、フェルゼンは鏡華が入ってきた瞬間に目を爛々と輝かせて立ち上がったロザリンに事情を理解したのか落ち着いている。
「ほほほ、この前ロザリンはんとお弁当を作ってみんなで食べるいう約束したんよ。たくさん作ったから良かったらアッシュはんとフェルゼンはんもどう?」
「え?いいの!?」
「誘ってくれるなら是非もない!ご
「それじゃあ、椅子とか出さなきゃ!ちょっと待ってね」
アッシュは楽しそうにパイプ椅子を人数分取り出して並べはじめた。フェルゼンも場所が足りないと判断したのか折り畳みの長机を引っ張り出して組み立てはじめる。
二人が動けば双魔は余計なことをする必要はない。座っていると音もなく浄玻璃鏡が寄ってきた。
「……婿……殿……励んで……いるよう……だ……な?」
「ん、まあな……それより玻璃が来るなんて珍しいな?」
「……主命……故……」
浄玻璃鏡はふわりと衣の裾を揺らして振り返った。すると背には鏡華が持っていたより二回りほど大きな風呂敷包みを背負っていた。
「……荷物持ちか」
「……主は……細腕……故…………此方の……出番……と……相成った」
「……そうか」
コンッコンッコンッ!
二人で静かに話しているとまた扉がノックされる。今度は小気味よく勢いのある叩き方だった。
全員の視線が扉の方に集中した。そして一人だけ、アイギスだけが僅かに眉を眉間に寄せる。
「ハーイ!みんな元気かしら!?って……一人辛気臭いのがいるわね?」
明るい声で胸元の開いたドレスから豊かな胸を零れんばかりに揺らして評議会室に入ってきたのは長く伸ばした髪を七色に輝かせる豊満な美女、フェルゼンの契約遺物であるカラドボルグだった。
「誰のことを言っているか知らないけれど……誰にでも愛想を振りまくふしだらで品のない女よりましだと思うわ」
アイギスが澄まし顔でピシャリと放った言葉に今度はカラドボルグの笑顔が凍った。
「ウフ……ウフフフフ……面白いじゃない私と女としての格を争おうって言うのかしら?」
「フフッ、別に、争うまでもなく私の方が上だけど、どうしてもって言うなら付き合ってあげるわ」
「ウフフフフ……」
「フフフフ……」
カラドボルグとアイギスは視線をぶつけ合いお互いつかつかと険の帯びた靴音を立てて正面から向き合った。
両者とも不気味な笑みと笑い声を上げて近づいていき、やがてぶつかった。
アイギスの慎ましい胸でカラドボルグの豊乳が押しつぶされムニュムニュと形を変える。カラドボルグよりも背の高いアイギスがカラドボルグを挑発するように見下ろした。
「貴女、そんなにだらしないものぶら下げて恥ずかしくないの?」
「あら、立て板みたいに何もないよりよっぽどいいわよ。それに男は皆好きだもの!ね?」
「「…………」」
「アハハ……」
双魔は面倒ごとには巻き込まれたくないので二人がぶつかる寸前から窓の外へと視線をそらしていた。純情なフェルゼンは刺激的な光景に耐えきれなかったのか両手で顔を覆って同じく窓の方へと顔を向けている。
アッシュは苦笑いを浮かべているだけでそれ以上は何も言わなかった。
「ほら。見てみなさい。貴女の主張はただの妄想よ。美しさは崇高なもの、胸の大きさしか自慢できない愚者が私より優れているはずがないわ」
「ふん!それこそ処女の言い訳にしか聞こえないわ!
「……粗野な田舎女にも言っていいことと悪いことがあるのよ?ご存知?」
「ウフフフフ……やろうっていうなら相手になるわよ?」
二人の諍いはどんどんエスカレートしていきついには金と虹色の剣気が滲みはじめた。
「……あわわわ……二人共もうやめようよ!」
「そうだ!その辺にしておけ!カラドボルグ!」
(…………あー、面倒な…………)
「むう……二人はどうして仲が悪いのだ?」
「ヒッヒッヒ!反りが合わないってやつだ。それにこういうのは女の方が面倒なのさ……」
「……むぅ……そういうものか……我はお弁当を食べたいのだが……」
「あらあら、大変やねぇ?」
「…………」
「お腹減った……ご飯……お腹減った……」
アイギスとカラドボルグは契約者の制止も耳に入っておらず、双魔は現実逃避、ティルフィングや鏡華は遺物同士の喧嘩の物珍しさに気を取られ、遺物科評議会室はもはや収拾がつかないありさまだ。
「…………わ、私はどうすればいいのかしら……」
そんな中、廊下ではお馴染みのバスケットを持ったイサベルがサイドテールを揺らして困惑顔で立ち尽くしていることに、遺物科の面々は誰も気づいていなかった。
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