第301話 夢覚めて……
物語の内容とはかけ離れた穏やかな語り手の声が止んだ。それと共に視界は暗転する。
深い、深い暗闇を降っている感覚が全身に伝わる。
そのまま空虚な闇の中を落ち続けてどれだけ経っただろうか。突然、遠くに紅く輝く何かを瞳に捉えた。
(あれは……)
身体が勝手に紅い輝きに近づいていく。そして、輝きの正体が露になる。結晶だ。真紅の輝きを放つ結晶の中に一人の少女がうずくまっている。
目を瞑って眠っているように見える少女だ。しかし、目元には涙の跡が何筋も伝っている。
(嗚呼……ティルフィング……俺の……私の……?)
突如、自分の意識に他の誰かの声が表れたように感じた。そして、結晶に向かって伸ばした手には白く光り輝く手が添えられている。
そのまま、顔を横に向けると見慣れたような、懐かしいような女の顔があった。確実に見たことのある顔だ。あれは何時のことだったか。
美しい銀髪が靡き、蒼い理知的な瞳、慈悲に溢れた眼差しでこちらを見ている。
(……運命の収束点が近づいているわ……あの子のことを……可愛いティルフィングのことをよろしくね……私も力を貸すわ……だから双魔……どうか、今度こそ……ティルフィングを……)
手が結晶に触れた瞬間、銀髪の乙女とティルフィングが封じ込められていた結晶が強い輝きを帯び、光の奔流に身体が飲み込まれた。
周囲の闇は一切消え失せ、意識は爆風に押し上げられるように上へ、上へ舞い、その勢いのまま夢の世界から抜け出すのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ず…………うず…………坊主!」
「……ん……ん…………ん?」
聞こえてきたガラガラ声で目が覚める。両の目を開くと目の前一杯に緑の肌の髭の生えたカエル顔が映った。
「お、起きたか!病み上がりだってのにこんな所で寝ない方がいいぞ?ぶり返しちまったら元も子もないからな!ゲロロロロロ!」
双魔を起したカエル男、箱庭の管理人ヴォジャノーイが大きな笑い声を上げた。
「ここは……ん、考え事してたらそのまま寝たのか……」
昨日、イサベルとロザリンが見舞いに来た後しっかりと休んだので体調はだいぶ良くなった。部屋に籠っていて少し綺麗な空気が吸いたいと箱庭に来たのはいいが芝生に寝転んでそのまま眠ってしまったようだ。
「ルサールカがお茶にするっていうから坊主も来な。暖炉の前で温かくした方が病み上がりにはいいからな……っと!」
ヴォジャノーイはそう言って双魔の身体を持ち上げるとそのまま大きな背中に負ぶってしまった。
「…………おっちゃん、自分で歩けるって……」
「ゲロロロロロッ!少し顔色も悪いからな、遠慮するなって」
ヴォジャノーイはそう言うとそのまま跳ぶように水車小屋目掛けて走り出すのだった。
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