第300話 反転

 けれど、そんな幸せな日々も長くは続きませんでした。


 訣別の日は突然訪れました。知恵の神は神々と敵対していた巨人たちと結託して王に反旗を翻したのです。


 やがて王の率いる神々の軍勢と知恵の神を旗頭とした巨人と怪物の連合軍との最終戦争にまで発展しました。


 女神も知恵の神と敵対することに気は進みませんでしたが、止む無く神々の軍勢の旗頭として剣の少女と共に戦場を駆け巡りました。その勇姿は次代の王となるものとして多くの味方を勇気づけました。


 雷の神は世界を取り巻くほど巨大な蛇、王は神々をも切り裂く牙を持つ狼とその他の神も怪物と闘い、女神はその支援にまわり転戦を繰り返しました。


 戦いを好まない彼女の役割は敵を倒すことではなく状況を的確に把握し、策を考えることでした。


 その頭脳は狡知に長けた知恵の神にも劣らず、戦況は徐々に好転していきました。そして、「もう少しで勝てる」神々の誰もがそう思った時でした。


 知恵の神の軍勢から一本の矢が放たれました。それは女神の父であり、王の息子である光の神を狙っての一矢でした。


 しかし、放たれた矢は吸い込まれるように翔んでいき偶然にも視線を外していた女神の心臓を貫きました。女神は光の神から受け継いだどのようなものにも傷つけられない力を持っていましたが、唯一、ヤドリギの枝だけが彼女の命を奪う力を備えていました。


 美しい身体を貫通した矢はヤドリギで作られたものでした。


 胸を刺し貫かれた女神は鮮血を宙に舞わせながら、力なくその場に倒れました。


 神々は、特に王とその家族は死に物狂いで相手にしていた怪物を振り切り急いで女神の下へと駆けつけました。


 女神の下へ到着すると剣の少女が泣きじゃくりながら女神にすがりついていました。


 女神は冷たくなっていく手で弱弱しく女の子に触れると消えてしまいそうな声で諭すように言いました。


 「そんなに悲しそうな顔をしないで?泣かないで?あなたが泣くと私も悲しいわ……ね?……笑って……私の可愛い……」


 そう言ったところで女神の腕は地に落ち、糸が切れたように動かなくなってしまいました。


 王が医術の神に命令して診させても医術の神は首をゆっくりと横に振るだけでした。


 止まることのない涙を流す剣の少女を安心させようとしたのでしょう。命を失った女神の顔には穏やかな笑みが浮かんでいました。


 戦況は完全は覆りました。それまで押していた神々の軍勢は次々と怪物たちに喰らわれていきます。


王たちも覚悟を決めたその時です。今まで沈黙していた剣の女の子が突然狂ったように笑いはじめたのです。


 今まで聞いたことのない、あどけない姿からは信じられない不気味な哄笑が戦場に響き渡ります。


 神々が動揺する中、剣の少女は本来の姿である白銀の剣へと変身すると知恵の神の異形の軍団に一人で向かっていきました。


 そして、次々と怪物を屠っていきました。神々が瞬きをする度に血飛沫で戦場が染まります。


 巨人が胸を刺し貫かれて倒れます。炎の巨人は全身を切り刻まれて崩れ落ちます。また、怪物の腕が引き裂かれ、目が抉られて絶命します。


 白銀の剣は徐々にその刃を漆黒へと染めていきます。かつての悪意が原因で狂っていた時の姿に戻りつつありました。


 黒い死の刃と化した少女は遂には知恵の神の軍勢で最も強い二頭の怪物、巨狼と大蛇に切っ先を向けました。


 二頭は大口を開けて剣の少女を屠ろうとしました。両者が交錯した次の瞬間、勝敗はついていました。巨狼は大きな顎を引き裂かれ、大蛇は山より大きな首を落とされ、流れ出る血で毒の河を作って命を絶たれました。


 二頭の巨獣を屠り、黒く染まり切った剣はそのまま軍勢の中央で指揮を執っていた知恵の神の胸に吸い込まれるように貫きました。


 知恵の神は口から血を噴き出すと為す術なくその場に崩れ落ち、そのまま姿をくらませてしまいました。


 敵を全滅させた後も最早破壊の化身、魔剣と化した少女は止まりません。今度は周囲にあるものを悉く切り刻みはじめました。


 城が、砦が、丘が、河が、山が崩れ落ちます。大地はひび割れ、天空を彩る星々も砕かれます。


 このままでは世界が滅ぼされてしまう。神々はそう考えました。神々でさえ手こずった異形の軍勢を数瞬で撃ち滅ぼした悲しみと狂気に染まった魔剣を止められるものなど誰一人いなかったのです。


 万策尽きた王は最も脚の速い自分の愛馬に息子の一人を乗せ、泉の翁までの遣いとしました。


 王の愛馬は素晴らしく速く、神々の足でも一日かかる道程を一瞬で駆け抜けてしまいました。


 王の話を聞いた泉の翁はこう言いました。


 「最早方法はこれしかない。王は神としての力を放棄し、それによって剣を封印するのだ。封印した剣は氷雪の世界の奥深くにある決して溶けない氷の山に安置するとよい。世界の殆どは一度滅びるが……やがて甦る」


 この言葉を息子は立ち返って王に一言一句違えずに伝えました。


 すると王は安心したように長い、長い溜め息をつくと神々に事後を託して少女のもとに向かい、その力の全てと引き換えに少女を眠りにつかせました。


 残された神々は光の神を新たな王として剣の少女によって破壊された世界が再築されていくのを眺め、時に人間に力を貸して過ごしました。


 眠りについた剣の少女は泉の翁の言う通りに氷雪の世界に封印されました。これで、全てが終わったのです。


 けれど、これは神々にとっての話。女神と剣の少女にとってはただの始まりに過ぎませんでした。


 二人の約束は幾星霜、世界より神秘が失われた後、再び神々の加護を得た遥か未来に果たされるのです。今度は決して離れることはきっとないでしょう。きっと、きっと。


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