第297話 凸凹同級生
「……フォッフォッフォ!進路相談か、言い得て妙じゃのう」
「でしょう?」
「フォッフォッ……ならば担当の講師も呼ばねばなるまいて。グングニル」
「かしこまりました」
グングニルはヴォーダンの机の上に置かれた電話の受話器を手に取ると何処かへと繋いだ。
「グングニルです。ご主人様が直ちにいらっしゃるようにと……はい、かしこまりました。それでは、よろしくお願いいたします」
グングニルは簡潔に用件を伝えると静かに受話器を置いた。
「何と言っておった?」
「お酒を飲み過ぎて眠っていらっしゃるようですが、すぐにお連れになるそうです」
「フフフフフ!相変わらずなんだから!」
「然らば我らは紅茶を飲みながらゆるりと待つとしようかの」
「そうねー、最近学園はどんな感じなの?」
「なんじゃ、息子に聞けばよかろうものを……」
「双ちゃん、私が電話すると少し嫌そうなんだもの!」
「やれやれ……」
呼び出した人物が来るまで、しばしの間教え子の世間話に付き合うヴォーダンであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「フォッフォッフォ!相変わらず仲が良いようで安心したぞい」
「そうよ、私たちはラブラブなんだから!」
コンッコンッコンッ!
「おや、意外と早かったのう。入りなさい」
シグリの話は双魔の話から天全との惚気話に移っていたが、丁度話の区切りが良い所で扉がノックされた。
ヴォーダンが入室を許可するとゆっくりと扉が開かれる。姿を現したのは頭をガリガリと掻きながら気だるそうに立つ丈の長い白衣を纏った顔色の悪いモノクル女と狩衣に立烏帽子を被った白髪で長身痩躯の男だった。
「……人が気持ちよく寝てたのに呼び出しやがって……何なんだよ……」
「主、そのような態度は良くないといつも言っているではありませんか」
「うるせー、お前はいつもいつも……誰の味方なんだよ?」
「主を思っての言葉ですよ。私は主の味方です……」
「わぁった、わぁったよ!……で、爺何の用……って、げ……」
扉を開けても尚言い合いをしていた二人の内、女の方が室内で銀髪の女、シグリがひらひらと手を振っているのを見た瞬間、顔をひきつらせた。
「ハシーシュちゃん!久しぶり!元気?」
「おまっ、シグリ……何でここに……」
「安綱くんも元気そうね」
「これはシグリ殿、お元気そうで何よりです」
「……話しかけたんだから返事くらい聞けよ……」
学園長が呼び出したのは双魔のクラスの担当講師であるハシーシュとその契約遺物である童子切安綱だった。
ハシーシュとシグリは学科こそ違うがブリタニア王立魔導学園の同期だ。ハシーシュはシグリのことを腐れ縁だと思い、シグリはハシーシュのことを親友だと思っている。
なんだかんだで付き合いも長く仲のいい二人だ。ハシーシュの悪態もひねくれ者の照れ隠しと言えばわかりやすいだろう。
「ったく……まあ、いいや。お前が来たってことは大方双魔のことだろ?あ?」
ハシーシュは断ることもなくドカッと音を立ててやや乱暴にシグリの正面に腰を掛けた。いつものことなのでヴォーダンは気にしない。安綱だけが「やれやれ」と呆れ顔だ。
「さっすがハシーシュちゃん!大正解!」
「おだてても何も出ないからな……で?話があるのはシグリか?それとも爺か?」
ハシーシュは鬱陶しそうにしながらもしっかりとシグリを相手にしつつ、二人の顔を交互に見た。
「ふむ……シグリ、何かあるか?」
「私?そうねー……私は何となくそろそろかなって思っただけだから特にないわ」
「……お前の何となくは洒落にならないんだよ……」
あっけらかんと答えたシグリにハシーシュは苦い表情を浮かべた。シグリが専門とする魔術はいわば予言の類だ。そのせいか昔からシグリの勘というものは良くも悪くも凄まじい。
その最たるものは双魔の誕生だろう。初めにヴォーダンとシグリから話を聞かされた時はからかわれていると思ったが二人はただ事実を言っているだけだった。
「……”
「ハシーシュちゃん……」
シグリの見つめるハシーシュの顔には紛れもなく己の後ろを歩く者に対する教育者としての自嘲が浮かんでいた。普段のやさぐれた様子は微塵も感じられない。
「……って何言ってるんだ私は……爺はどうなんだよ?何かあるのか?」
湿っぽくなった雰囲気を振り払うようにハシーシュは行儀悪く足を組んでテーブルの上に載せた。
「ふむ、そうじゃのう……先日、奴が顔を出した。ティルフィングによく似た蒼の魔剣レーヴァテインを連れてな」
「あら……びっくりだわ」
「……全く気がつかなかったぞ……」
ヴォーダンの言葉にシグリとハシーシュの表情が真剣なものに変わった。
「それで……
「ローズルか……また珍しい呼び方をするのう」
「いいからさっさと言えよ……わざわざ向こうから出向いてきたんだ。宣戦布告でもして来たのか?」
「……当たらずとも遠からずじゃ。双魔の顔を見てきた、あの子は我が麗しの姪孫と瓜二つ、今度こそ我が悲願が叶うだろうと、な。奴は……我が愚弟、いや愚妹か……ロズールは準備を整えてか近いうちに必ず仕掛けてくる。相違なかろう」
ヴォーダンが言い終えて息をつくとハシーシュの表情が一層厳しくなった。対照的にシグリの顔は穏やかだ。
「……お前、双魔が心配じゃないのか?」
ハシーシュの混乱と怒りが混じりあったような声にシグリは微笑んだ。
「双ちゃんは大丈夫よ……ティルフィングと一緒だし、あの子の中には女神さまがいるんだもの。他にもお友達たちが力になってくれるはず。きっと、大丈夫。それに、ハシーシュちゃんもいるしね!」
「……けっ!」
笑顔を向けられたハシーシュは気に入らなそうに頭を搔きむしったがそれ以上は何も言わなかった。
「……儂も永き時を生きてきた意味はここに、予言の子と我が愚妹の因果を断ち切ることにある。指を咥えて見ているつもりはない。が、奴は昔から狡猾で知恵に優れる。もしもの時のためにハシーシュ君にはこれを渡しておこう」
そう言ってヴォーダンは机の上から何やら平たいものを取り出してハシーシュに向かって放り投げた。
「あ?何だこりゃ?護符か?」
片手でパシッと掴み手を開くと四角い木札にルーンと烏の紋様が描かれた木札だった。
「恐らく、愚妹は儂が手出しできないように策を講じてくるじゃろう。そこで、有事の際にはお主を送り込む。それはその標代わりじゃ。常に身につけておいて欲しい」
「……」
ハシーシュは無言でうなずくと胸元に護符を押し込んだ。
「奴が仕掛けてくる時には警報を鳴らすようにギャラルホルンに言いつけてある故、対応が遅れることもなかろう」
「それなら安心ね!」
シグリはうんうんと明るく頷いて見せる。
「今日話しておくことはこれくらいかの……そろそろいい時間じゃな」
時計を見ると既に二十時を回っていた。窓から見えるロンドンの街には夜の帳が降り切っていた。
「それじゃあ、私はお暇するわ。ダーリンが待ってるから!学園長、ハシーシュちゃん、双ちゃんのことよろしくね!またね!」
シグリは立ち上がるとそのまま踊るような足取りで学園長室から姿を消した。
「フォッフォッフォ!」
「アイツはいつになったら落ち着きってのを知るんだか……」
嵐が去った後にはヴォーダンの爆笑とハシーシュのぼやきが何とも言えないハーモニーを奏でた。
「安綱、私たちも行くぞ」
「はい、主。しばらくは有事に備えてお酒は控えましょう」
「……わぁったよ!じゃあな、爺!」
シグリに続いてハシーシュも乱暴に扉を開けて部屋を出ていく。後ろをついていく安綱が一礼して扉を丁寧に閉めた。
「ご主人様、紅茶が冷めてしまったようですので淹れなおします」
グングニルが紅茶を新しいカップに熱い紅茶を注いでヴォーダンの前に置いた。
「うむ」
ヴォーダンはカップを手に取ると椅子を回し、ロンドンの夜を見下ろしながら口をつけた。
(教え子は時が経てば育つと思いきや全く変わらないところもある、か……遥か古の因果が収束するまで幾千年かかるとは思わなんだ……願わくば、伏見君とティルフィングに幸有らんことを……)
遥か彼方の過去、近しき過去、現在、そして少し先の未来に思いを馳せ、槍魔の賢翁は空を見上げるのだった。
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