第291話 ソーマ!お客さんだぞ!

 「……ん……ん?」

 「む、起きたか。ソーマ」


 いつの間にか寝ていたのだろうか。目を開けるとティルフィングが至近距離で双魔の顔を覗きこんでいた。体勢的に双魔の腰を跨いで膝立ちになっているのだろう。


 距離が距離なのでいつもは前髪で隠れている右の金色の瞳が漆黒の帳の向こうに透けて見えた。


 「……ティルフィングか……俺は寝てたのか?」

 「うむ!呼ばれないから様子を見に来たら寝ていたのだ。少し前にイサベルとロザリンが来ているぞ?」

 「イサベルと……ロザリンさんも?」

 「うむ、一緒に来たぞ」


 イサベルが来るのは左文から聞いていたがロザリンのことは何も言っていなかった。何はともあれ自分を心配してきてくれたことに違いはなさそうだ。そこは素直に嬉しい。


 「キョーカから伝言があるぞ」

 「鏡華が?何だって?」

 「うむ、『動くのはまだ辛いやろから起きたらイサベルはんとロザリンはんを部屋に入れていいか聞いといて』と言っていた」


 ティルフィングは鏡華の口調を真似してそらんじて見せた。微妙に似ているのが可笑しくて双魔の顔には自ずと笑みが浮かぶ。


 そのまま、片手を上げてくしゃくしゃと頭を撫でてやるとティルフィングはいつものようにくすぐったそうにしてご満悦だ。


 「ん、じゃあ……悪いけど鏡華に二人を呼んでくるように言ってくれ」

 「うむ、任せろ!」


 ティルフィングは頷くとベッドから飛び降り跳ねるように部屋を出ていった。


 『キョーカー、双魔はいいと言っているぞー!』


 ティルフィングの元気な声が家の中に響き渡る。それから数分が経っただろうか話し声と共に階段を昇る足音が聞こえ、やがてドアがノックされた。


 『双魔、開けていい?』

 「ん、いいぞー」


 返事をするとドアがゆっくりと開いた。鏡華を先頭にティルフィングが続く。


 「……お邪魔します……双魔君、大丈夫?」


 そのあとから何時ぞや見た布の掛けられたバスケットを持ったイサベルがおずおずと部屋に入ってくる。


 「やっほー、後輩君大丈夫?」


 最後にロザリンがひょっこり顔を出した。いつもと変わらないが鏡華とイサベルと並ぶと一番背が高いにもかかわらず一番子供っぽく見えるのはロザリンがどういう性格か知っているからだろう。


 相変わらずの無表情っぷりだが、醸し出す雰囲気は弾んでいる。


 ロザリンはバロールの思念が消え去ったことで今は以前の昼夜逆転生活から普通の生活に戻っている。たまに欠伸をしているのはまだ慣れないからだろう。


 本来、”誓約ゲッシュ”というものは死ぬまで消え去ることのないものなのだが、ロザリンの師であり、育ての親でもある影の国の女王スカアハが細工をしていたらしい。そのお陰でロザリンは普通の生活を楽しんでいる。


 二人はベッドの横までくると双魔の顔を覗き込んだ。


 「悪いな、わざわざ……」

 「ううん、双魔君のことを心配するのは当然だから……顔色、あまり良くないわね」

 「そうかね?鏡見てないから自分じゃちょっと分からんな」

 「最近は元気そうだったから……あ、お見舞いにフルーツを持ってきたんだけど……」


 そう言うとイサベルは持っていたバスケットにかぶせられた布を取った。


 「ん、美味そうだな」


 バスケット一杯に数種類のフルーツが詰められていた。色艶のいい林檎に大きさや皮の色が違う柑橘類が四種類、大粒の葡萄、キウイフルーツにマンゴーにバナナと言った南国系にどこで見つけてきたのか柿まで入っている。


 「どれどれ?本当だ。流石イサベルちゃん」

 「む、見たことない果実も入っているな……」


 イサベルの作る菓子にすっかり餌づけされているロザリンとティルフィングも興味津々でバスケットの中を覗き込む。


 「あ、そうだ。私もお見舞いの持ってきたよ。えーとね……はい、これ食べて早く元気になって欲しいな」

 「……これは……」

 「ほほほほ、流石ロザリンはん面白いもん持ってきはるね」

 「おー!」


 思い出したかのようにロザリンが背負っていた少し小さめのリュックから取り出したのは骨付きの巨大な肉塊だった。大きさはティルフィングの頭くらいある。


 イサベルは驚き、鏡華は楽しそうに、ティルフィングは目を輝かせた。何ともロザリンらしいと言えばそうなのだが流石に病み上がりかけの双魔には少し重い。


 「……ロザリンさん、ありがとうございます……ちょっと今は食べられないのでもう少しよくなったら……」

 「うんうん、早く良くなってね」


 ロザリンは双魔の反応を見ても気を悪くすることなく満足そうに頷いた。


 「フルーツなら食べられるかしら?双魔君、どう?」


 流石に肉を食べるのは厳しいが喉は乾いている。折角イサベルが持ってきてくれたのだ。みんなで食べるのもいいかもしれない。


 「ん、そうだな……果物なら食べられる」

 「せやったら、下で剥いてこようか。双魔、何が食べたい?」

 「林檎と柿……あと柑橘系がいいかね」

 「はいはい、そしたちょっと待っててな」

 「あ、鏡華さん、私もお手伝いします。双魔君キッチン使わせてもらうわね」

 「ん」


 鏡華とイサベルが部屋から出ていく。ふと、ティルフィングを見ると何となくそわそわしている。双魔のことも心配だがフルーツが気になるのだろう。


 「ティルフィング、気になるなら俺のことはいいから」

 「む……だが……」

 「大丈夫、後輩君のことは私が見てるから」

 「う、む……分かった!行ってくる!」


 一瞬、迷ったようだが双魔とロザリンに甘えることにしたらしい。ティルフィングはぴょんぴょんと部屋を出ていった。部屋には双魔とロザリンの二人だけになった。


 「……後輩君」

 「……な、何ですか?」


 二人きりになった途端、ロザリンはベッドに手をついてズイっと双魔に顔を近づけた。


 「……じー……ペロッ……」

 「…………ロザリンさん、あんまりそう言うことしないでくださいって言ってるじゃないですか……」


 頬を一舐めされた双魔は顔を赤くしながら抗議する。ロザリンは時々顔を舐めてきたり、耳や手を甘噛みしてきたりと犬のようなスキンシップを取ってくる。最初は抵抗していたもののやめる気配が一切ないので諦めて今やなされるがままだ。ここ数か月で人生における諦めの大切さを思い知らされている気がする。


 双魔は身体がカッと熱くなったように感じたが絶対に熱のせいではない。


 「……うーん、治るまでもう少しかな?お肉食べて早く元気になってね」


 ロザリンは双魔の抗議もどこ吹く風でうんうんと数度頷くと双魔の手を握ってそう言った。


 「……評議会の方はどうなってますか?」


 自分だけ妙な恥ずかしさに囚われてしまった双魔は話題を変えた。もう三月に入っている。四月の末から五月の頭にかけて行われる学園祭の諸々の決議もそろそろ出さなければいけないはずだ。


 「評議会?うん、ソフィアと宗房と話はついたから後は通達して、様子見するだけだよ?後輩君はお仕事のことより早く良くなって欲しいな」

 「……そうですか」


 可愛らしく首を傾げていじらしいこと言って来るので結局双魔は恥ずかしくなって顔を逸らしてしまった。


 ちなみに、ロザリンの口から出た「ソフィア」は魔術科の評議会議長、「宗房」は錬金技術科の評議会議長だ。二人ともかなりの変人として学園では有名人だ。詰まる所、ブリタニア王立魔導学園の評議会議長はロザリンも含め、総じて変人ということになっている。


 「そうそう、アッシュくんも心配してたよ?」


 双魔が自分の方を向いていないのもお構いなしにロザリンは話を続ける。


 「……メッセージが届いてました」

 「うんうん、ゲイボルグもフェルゼンも、アイギスもカラドボルグも早く治るといいねって。シャーロットちゃんも『さっさと治して仕事をして貰わないと困ります』って言ってた」


 (……アイツは……まあ、らしいっちゃらしいが……)


 友人や錚々そうそうたる神話級遺物たちに心配してもらえて光栄だったがシャーロットはいつも通りだった。


 「そういえば……今日はどうして?」


 ロザリンが来るとは聞いていなかった初めに聞けなかったのを思い出して聞いてみる。


 「うん?ちょっとお散歩してたらイサベルちゃんと会ったから、一緒にお買い物してきたの。あ、戻ってきた」


 ロザリンの言葉に部屋の外へと意識を向けると足音が聞こえる。


 「お待たせって、双魔君……顔が赤いけどまた熱がぶり返したんじゃ……」


 カットしたフルーツを持ってイサベルたちが戻ってきた。


 「いや、大丈夫だ……うん」

 「……そう?それならいいのだけど……」


 目聡く双魔の顔が紅潮していることに気づいたイサベルを適当に誤魔化す。


 「……ほほほ……」

 「むー?」


 それを見て何かを察したのか鏡華は小さく笑い声を上げた。


 事態がよく分からないティルフィングは頭の上にはてなマークを数個浮かべて折り畳みのちゃぶ台を運ぶのだった。

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