第292話 今日の双魔は隙だらけ?

 「じゃあ、食べましょうか」


 鏡華たち四人はちゃぶ台を囲むように座り、ちゃぶ台の上には切られたフルーツが華やかに並べられた大皿が鎮座している。結局、全種類切ったらしい。ティルフィングとロザリンがいるので残す心配はないだろう。

 双魔はヘッドボードに預けていた身体を起してマットレスの端に腰掛けた。


 「双魔は林檎と柿やったね……はい、あとフォークも」

 「ん、ありがとさん」


 鏡華が取り皿に林檎と柿を数切れずつ乗せて手渡してくれる。皿を受け取ってまじまじと見る。林檎は瑞々しく、柿はいい具合に熟れていて美味しそうだ。


 「……私も食べていい?」

 「ええ、どうぞ……持ってきておいてなんですけど結構な量なので」

 「うんうん、それじゃあ、私はバナナかな?……いただきます。はむっ……むぐむぐ……おいひいね」

 「我もバナナを食べるぞ!……はむっ……もぐもぐ……ごくっ……うむ、甘くて美味だな」


 ロザリンとティルフィングはバナナの皮を剥くとパクパクと食べはじめた。二人とも食べるのが好きなこともあってか、反応もよく似ている。


 「俺も食べるかな……あむっ……むぐむぐ……ん、美味い」


 双魔もフォークに刺した林檎を口に入れる。噛むとシャリシャリとしたいい歯ごたえと共に甘い果汁が口いっぱいに広がる。乾いていた喉も潤うというものだ。


 「…………」


 (よかった……フルーツで正解だったみたい……)


 双魔の様子を見たイサベルはホッとしていた。お見舞いに何を持っていけばいいのか少々悩んだが結果は良かったようだ。食いしん坊組は勿論、隣の鏡華もブリタニアでは珍しい蜜柑を口にして顔を綻ばせている。


 「うん、このみかんも甘くておいしいわぁ。イサベルはん、どこで買ったん?」

 「ああ、少し離れたところにいい店があるんです。品揃えが良くて世界中のフルーツを売っているんですよ。アメリアに教えてもらって……」

 「アメリアはんに、うちも今度行ってみよかなぁ?」

 「そうしたら、一緒に行きましょうか。近いうちにもう一度行くので……」

 「ほんま?嬉しいわぁ、おおきに」

 「いえいえ」


 (……二人とも大分仲良くなったみたいだな……別に最初に険悪だったわけじゃないが……)


 楽しそうに話す鏡華とイサベルを双魔はシャリシャリと林檎を齧りながらボーっと見ていた。


 「……?どしたん、双魔?そないに見つめて……ああ、みかん食べたいん?はい、あーん」

 「……ん……あーん……あむっ……むぐむぐ」

 「っ!?」


 別に蜜柑が欲しかった訳ではないが口の前まで差し出されれば食べない理由も特にない。双魔は出された口を開けて鏡華にみかんを口の中に放り込んで貰った。


 その光景を見たイサベルが隣で呆気に取られているが病み上がりでいつもより意識の展開域が狭まった双魔が気づくはずもなかった。


 「どう?美味し?」

 「……ん、甘い……」


 (うん……双魔君と鏡華さんは子供のころから一緒だし……おかしくないわよね……う、羨ましい……わ、私も双魔君に……)


 イサベルが悶々としはじめたことなどには気づかずに鏡華は双魔の口の前にもう一房みかんを差し出した。


 「ほほほ、もう一個食べる?」

 「ん……あむっ……むぐむぐむぐ……んぐっ……ん?」


 鏡華から蜜柑を食べさせてもらっていると今度はティルフィングが双魔の手に持つ皿を凝視しているのに気づいた。


 双魔は二切れあった林檎はすでに食べきっているので皿の上に残っているのは柿だけだ。


 「ソーマ、その果物はなんだ?」

 「んー?柿だけど……欲しいのか?」

 「む……そういうわけではないが……こっちの皿には乗っていないのだ」

 「ああ、柿は一個しかないし、双魔のほかには食べる人おらへん思って半分しか切ってへんよ。双魔のお皿にあるのが全部」


 と、鏡華が言う通りらしい。ティルフィングは欲しくないと言いつつも興味があるのは間違いない。こうなれば、双魔の行動は決まっている。


 「……ほれ、食べるか?」


 双魔は柿を一切れフォークで指すとティルフィングの方に差し出した。


 「……いいのか?」


 ティルフィングの声と顔は遠慮気味だかちょこちょこと双魔の傍まで寄ってきた。


 「ん、いいぞ。ほれ、あーん」

 「うむ!あーん……はむっ……もぐもぐもぐ……ごくんっ……む!歯ごたえがあって不思議な甘さだな!美味だぞ」


 小さい口いっぱいに柿を頬張って飲み込んだティルフィングは目を輝かせた。


 「フフフ、本当に仲がいいですね……双魔君とティルフィングさんは」

 「せやねぇ……双魔は一人っ子やから妹みたいなもんなんやろうね。たまに仲良過ぎてうちも嫉妬してしまうくらい……なんて、冗談やけど」

 「フフフフ、分かる気がします。双魔君、優しいけどティルフィングさんには特にと言うか……」


 双魔とティルフィングの微笑ましい様子を見て会話に花が咲く二人だったが、この場にはもう一人色気より食い気の天然少女がいることを忘れていた。


 「ねえねえ、後輩君。私にもそれちょうだい?私も食べてみたいなー……あーん」


 ロザリンはおもむろに立ち上がりするりとティルフィングとは反対側で双魔の傍によると口を開けた。


 「はいはい、どうぞ」

 「あむっ……うんうん……むぐむぐ……はひめへのあひだけど……ふひひなひょっかん……ごくんっ、美味しいね」

 「あらぁ、ロザリンはんもなん?」

 「っ!!??」


 (ティルフィングさんは分かるけどキュクレインさんまで!?)


 イサベルは櫛形に切られたキウイフルーツを刺したフォークを持ったまま石のように固まってしまった。鏡華と双魔の自然なやり取りはまだいいとして、なかなか上手に甘えられずに悩むことが多い自分の前でロザリンはいとも簡単に双魔に甘えて見せたのだ。衝撃を受けないはずがなかった。


 「後輩君、もう一つ……あーん……はむっ……もぐもぐもぐ……」

 「ソーマ!我も!あーん……むぐむぐむぐ……」


 停止しているイサベルのことなど気にも留めずにロザリンはティルフィングと一緒になって双魔に柿を食べさせてもらっている。


 (う、うう……うううううううううう……)


 羞恥心から素直になれない自分が情けなく心の中でイサベルが崩れ落ちて涙を流している時だった。

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