第五部『収束する運命』プロローグ

第287話 無垢なる剣

 夢が迎えに来た。聞き慣れた声が何かを話している。


 声は段々と鮮明になっていく。それは物心がついたばかりの幼いころに熱で床に伏した自分の頭を撫でながら、母がよく語ってくれた寢物語だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 昔々よりもずっと昔。


 世界は大きなトネリコの樹とその枝や幹、根っこに繋がれた六つの世界でできていました。


 神々の住む大地の世界。妖精の住む光の世界、小人の住む闇の世界。巨人の住む焔の世界、氷の世界、霜の国。そして人間の世界です。


 神々は巨人と世界の覇権を賭けて争いの絶えない毎日でした。


 ある時、大地の世界の宮殿に住む神々の王が言いました。


 『私の持っている槍は素晴らしい物だが息子の持っている鎚のように敵を一撃で滅することはできぬ……私はこの槍より優れた武器が欲しいのだがどうすればよいであろうか?』


 すると、王妃が答えます。


 『いつものように泉の翁に訊ねてみるのがよいのでは?』


 泉の翁とは霜の国にある魔法の泉に住む首だけのお爺さんで世界の全てを知っていると言われている賢者のことです。


 その案に王の息子たちも賛成しました。そこで王はまず光の神である長男を霜の国にある魔法の泉へと向かわせました。


 泉に到着すると光の神はこう呼び掛けました。


 『翁よ!森羅万象に通ずる識を持ちし翁よ!我が父の諮り事を聞きたまえ』


 すると静寂に満ちた泉の水面を割って老人の首が顕れました。


 『何じゃ、今日はせがれが来たのか…………用件は何だ?聞いてしんぜよう』


 光の神は宮殿での神々の会話を泉の翁にすべて話しました。


 すると翁は少し考えるような素振りを見せましたがすぐに再び口を開きました。


 『ふむ、話はわかった。だが儂ではどうにもならん。今からその武器の作り方を云うからお前があやつに伝えるといい』


 そういうと翁は作り方を語りはじめました。


 翁が言うにはその武器は剣であり、材料に闇の世界にあるという唯一光り輝く石と氷の世界にある決して溶けることない氷、光の世界にある黄金でできた樹の幹を使い、それを焔の世界にある水を掛けても消えず不思議と熱くない炎で鍛える。


 そして、それを行うときはこの泉の前で行い水は泉のものを使うというものでした。


 光の神は話を聞き終わると翁に礼を言ってすぐに宮殿に戻って王に話しました。


 王は話を聞き終わるとすぐに材料を集めるように言いました。


 しかし、家臣たちはその仕事の難しさから誰も引き受けようとしません。王がこれは困ったと言わんばかりに唸り声をあげると息子の中の一人が名乗りを挙げました。


 『父上!その仕事俺に任せてくれ!!』


 その息子は魔法の槌を持つ雷の神で王の息子の中で最も勇敢で力自慢の神でした。


 『そうか、ではお前に任せよう』


 王がそう言うと雷の神はすぐに宮殿を出発し、なんとたったの四日間ですべての材料を集めてしまいました。


 王は息子を褒め称えましたが、そこで問題が起こりました。


 雷の神が思っていたよりも大分早く材料を集めてしまったので剣を鍛える職人をまだ見つけることができていなかったのです。


 王は再び困ってしまいました。すると今度は王の義妹が提案しました。


 『兄上、私の知り合いに鍛治において卓越した腕を持つ小人がおります。その者に任せては如何でしょうか?』


 王は喜んで義弟の提案を採用しました。


 話をした三日後に王の義弟は小人を闇の世界から泉に呼び出しました。小人は王に頼まれると喜んで仕事を引き受けました。


 小人の鍛治には王が自ら立ち会いました。不眠不休で剣を鍛え続けて七日間。ついに剣が完成しました。


 剣は柄頭から鍔までが黄金、刃は半透明で、眩い銀色の光を放つ、実によく切れそうな剣でした。


 王は剣の完成を喜び、剣を小人から受け取るとすぐに自らの力を加えるために魔法を使って剣身に刻印を施しました。半透明の刃は銀に色づき、剣の輝きはいっそう強くなりました。


 王が剣を鞘に納めると剣が突然、銀色の強い光を放ちました。


 王も小人も泉の翁も思わず目を瞑りました。暫くして目を開けてみると王の手に剣はなく目の前は銀髪を長く長く伸ばした可愛らしい女の子が身体を丸めて寝転んでいました。


 その場に居た全員が大変驚きました。確かに神々の持つ道具のなかには意思を持ち、人や動物に変身する物もありましたが産み出されてすぐに変身できたものは今まで存在しなかったからです。


 『何と素晴らしい!よくやったぞ!』


 王はさらに喜びました。しかし泉の翁は渋い表情をして厳かに告げました。


 『その剣は極めて純粋な性質を持っている。故にすぐに聖なる剣にも邪悪なる剣にもなろう。よって王よ、お前が最後の決戦で手にするまでそこの小人に預けておくのがよいだろうよ』


 泉の翁の言うことはいつも正しいので王は剣を小人に預けることにしました。


 小人は誠実な人柄だったので王は安心して剣の女の子を預け、褒美もたくさん与えました。


 小人はとても栄誉なことだと喜び剣の女の子を闇の世界にある自分の家に連れて帰り妻と共に大切に大切に育てました。


 数年後。女の子は小人夫婦のもとで愛情を一身に受け、元気に育ち聖なる剣としての性質が染み込んでいました。


 闇の世界と言っても住んでいるのは気のいい小人たちだったので剣は優しく柔らかく清らかな光を放っていることができたのです。

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