第286話 収束の鼓動
「…………申し訳ございません…………ご主人様…………」
悠久を黄昏が満たす部屋で、いつの間にか双魔たちの前から姿を消していた蒼髪の少女、レーヴァテインが俯いて涙を流していた。
彼女の前には二頭の血に濡れた白狼の亡骸、身体の内側から全身を突き破られ絶命したハティと全身を剣気の刃で切りつけられて落命したスコルが瞼を閉じ、あの壮絶な死に様ではありえないほど穏やかな表情で横たわっていた。
レーヴァテインは主人の命令を果たせなかった挙句、仲が悪かったとはいえ同胞の死を悼んで声を震わせた。
「…………どんなお仕置きも覚悟していますわ………」
「…………」
一言も発することなく、仮面の奥からこちらをじっと見つめている主人にレーヴァテインは跪いた。厳罰は免れないだろう。命を絶たれても仕方がない。いや、そもそも、自分は遺物だ、ただの剣だ、道具だ。道具は役に立たなくなれば捨てられる。それが摂理だ。
そう思うとレーヴァテインの心には幾分か凪が訪れた。しかし、それでも主人に捨てられたくないという心は捨てきれない。そんな心中を察してか、それとも事実を述べただけなのか、主人の言葉は意外なものだった。
「……レーヴァ、顔を上げなさい。確かにスコルとハティが死んでしまったのは残念だけど、レーヴァは私の命を完遂した。勿論、スコルとハティもだ……私はお前を捨てる気はないよ」
「……ご主人様……申し訳ございません!申し訳ございません申し訳っ!?」
主は自分を気遣って、敢えて優しい言葉を掛けてくれている。そう思い、自分の情けなさに耐えられず、床に頭を打ちつけるレーヴァテインを何者かが優しく抱きしめた。
「レーヴァ、いいんだ。私は本当のことを言っているのだからね……少し休んでおいで」
「ご……主人……さ……ま…………ん……すー……すー…………」
仮面の君は腕の中で泣きじゃくるレーヴァテインの額に指をあてルーン文字を書きつける。すると、レーヴァテインの意識は眠りに落ちていった。
そのまま、レーヴァテインを抱えて一度、黄昏の部屋を後にする。
暫くすると仮面の君は一人熱を失い最早動くことのない二頭の白狼を抱き寄せた。
「……お前たちは私の愛すべき孫だ……よくやってくれた……悪いことをしたけど、我が末の娘がきっと良くしてくれる……そのうち私もそちらに行くから待っていておくれ」
そうしてしばらく抱きしめた後、二頭の遺骸にルーン文字を刻む。血濡れの白狼は風に吹かれる砂のように消えていった。
「…………」
仮面の君はゆっくりと立ち上がると椅子の後ろに移動し、眼下を見下ろした。
そこには白狼たちとは比べ物にならない程の大きさの巨大な白狼、その隣には巨狼をもしのぐ大蛇がそれぞれ眠っていた。
巨狼と大蛇の周辺には全身を炎に包んだ巨人や、毛皮の服を身に纏い、槍や剣を携えた巨人たちが整然と控えている。
「……予想通り、千子山縣が生み、ヴェルンドが鍛えた命の針は半神の魔獣、我が子たちさえ蘇らせた…………フフフ…………ハハハハハハ!神々の黄昏、再演の準備は整った!今度こそ!今度こそ、私を殺してくれ!この命を貫いてくれ!愛しき我が姪孫よ!その剣ティルフィングよ!フハハハハハ!」
異形の列成す黄昏の平野に仮面の君の、一柱の神の高らかな笑い声が響き渡る。
永きに渡って凍てつき、少しずつ溶け出していた仮面の神霊の時は、今大きく動き出そうとしていた。
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柳の花言葉『自由』、『従順』
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