第288話 夢の中の檻

 それからさらに数年後。悲しいことが起きました。小人の奥さんが病気で死んでしまったのです。小人も剣の女の子もとてもとても悲しみました。けれども王の命を遂げなければならないと小人は思い数ヵ月後には新しい妻を貰いました。


 新しい妻は大変美しく心の優しい小人でした。小人も剣の女の子も前の奥さんのことは決して忘れることはありませんでしたが新しい奥さんのことも好きになりました。


 けれど、この新しい奥さんは実はとても見栄っ張りな醜い心を持っていました。


 ある時、新しい妻は夫の鍛えた剣を人間の世界に売りに行きました。そして平民だけでなく人間の王にも剣を売ろうと宮殿に赴きました。


 人間の王は剣を持ち試し切りをすると嘲け笑い言い放ちました。


 『貴様の夫は闇の世界で一番の鍛治職人だと言っていたがこれでは我が国の鍛治職人の方が大分ましだ!』


 その言葉に新妻は憤慨しました。夫には隠していましたが新妻はとても高慢だったのです。


 『私の夫は神々の王の剣を鍛えたのよ!その剣は私の家にあるの!どう?凄いでしょう!?』


 人間の王はその話を聞いて新妻の言う剣がどうしても欲しくなりました。どうすればその剣を手に入れることができるのか考えました。


 そして、人間の王はこの小人の女を唆せばよいと思いつきました。


 『貴様の言ったその剣を我に譲るのなら貴様たちの腕を世界一だと認めようではないか』


 新しい妻はその言葉を聞くなりすぐに家に帰ると剣の姿で眠っていた女の子を持って人間の王の宮殿に行き剣を王に渡してしまいました。


 人間の王は剣を鞘から抜くとその美しさに感動しました。


 「どう?その剣は美しいでしょう?よく斬れそうでしょう!?」


 新妻は言いました。しかし王は反論しました。


 「切れ味は見てみないとわからぬ……試し切りだ!」


 そう言うと剣で新妻を切りつけました。するとどうでしょう。あまりの切れ味に小人の身体は真っ二つに割れ、あろうことか白銀の剣身は地面に刺さってしまいました。


 人間の王はその日から烏滸がましくも神々の王のために鍛えられた剣を愛剣にしました。


 そして、戦争で多くの人間を切り殺しました。剣の女の子は最早、人間の姿になることはなくなり血を吸うまで鞘に収まることのない邪悪なる剣に成り果ててしまったのです。


 そのことを知った小人は王への申し訳なさが極まって自ら命を断ってしまいました。


 王はその話を泉の翁から聞き急いで人間の世界に向かいました。すると多くの人間の死体の山が築かれておりその天辺に剣の女の子がいました。


 剣の女の子に以前見たときの面影は殆んど残っておらず、綺麗だった銀髪も真っ黒に染まり狂気に蝕まれていました。


 王が剣の女の子に近づくとすぐに剣の姿になって斬りかかってきました。


 魔に蝕まれた剣の女の子は使い手がいずとも自らを動かせるようになっていたのです。


 王は魔法を使って何とか剣の女の子を捕らえました。剣の柄を握るとそこからは憎しみ、恨み、怒り、忌み、呪い、殺意、悔やみなどあらゆる負の感情が伝わってきました。


 王はこれではいけないと思い浄めの魔法を剣の女の子にかけると光の世界に連れていき封印を施し、女の子の材料となった黄金でできた樹木の根本に閉じ込めました。


 それから、長い長い年月が経ちました。剣の女の子は殆んど産まれたときと同じ姿になりましたが黒髪が銀髪に戻ることはありませんでした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 これが夢だということは分かっている。でも、目を覚ますことは出来ない。


 まるで、檻に閉じ込められ、炎の中に投げ込まれたように熱が身体をさいなむ。


 やがて、話は映像に切り替わる。


 雄々しい馬に跨り、全身に鎧を身に纏った屈強な男が手に握った見覚えのある剣を振りながら戦場を駆けていく。


 一振りするごとに血飛沫が舞う。鈍色の鎧が鮮血に染まる。


 もう一振り、今度は敵兵らしき戦士の首が三つ、乗った馬ごと切り落とされる。


 剣が一つの命を奪うたびに、少女の絶叫が響き渡る。鋭い痛みが全身を襲う。


 戦場が紅の海原となった時、既に檻の中では膝を屈し、掠れた少女の声に合わせて涙を流すだけだった。


 灼熱の空気に肌が焼きつく。おかしな話だが、夢の中で気を失う。このまま命を落とすかもしれない。


 そう覚悟した時だった。冷たく、優しい何かに身体を包まれる。檻が壊れ、炎がすべて消え去った。


 そのまま、上に引き上げられていく感覚を覚える。


 一旦、視界に闇が満たされ、段々と朝焼けで白く染まっていく空が見えた。冷気に包まれたまま蒼穹を際立たせる陽光の眩さに思わず目を瞑った。


 その瞬間、残酷で悲愴に溢れる光景を見る時間は終わりを告げ、再び引き戻されることはなかった。


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