第四部『深碧の女帝は食べるのがお好き?』エピローグ

第284話 大型犬……みたいなもの?

 週明けの月曜日、事務棟の遺物科評議会室に向かう廊下を一人の少女が歩いていた。長く伸ばした黒髪に揺れる曼珠沙華の髪飾り。そんな見目の人物は学園広しといえど一人しかいない鏡華だ。


 評議会役員ではない鏡華がこの廊下を歩くことはほとんどないのだが今日は訳があった。


 (……双魔は大丈夫やろか?)


 先週、件の遺物科議長と夕飯を食べに行った双魔が連絡なしで帰って来なかった上、連絡があったと思うと怪我をしたというのだ。幼いころから熱で床に臥せることはあっても怪我をすることなどなかったので鏡華と左文は心配で気が気でなかった。


 次の日、学園まで迎えに行くと怪我はすっきり治ったらしかったが、鏡華たちに心配を掛けたのが不本意だったのかバツの悪そうな顔をしていた。


 双魔の変わりない顔を見てホッとした鏡華だったが心配は拭いきれないのでここ数日は双魔にぴったりとくっついて見守っているのだ。双魔も自分の心中を察してくれているのか文句は言わなかった。


 今は評議会の仕事があるらしいが「しばらくしたら来ても構わない」と言っていたので双魔の様子を見に行く途中だ。


 (あら?あれは……)


 遺物科評議会室まであと数メートルというところで向かいから見知った相手がこちらに向かって来ることに気づいた。


 「っ!?…………」


 相手もこちらに気づいたようで一瞬驚き、少し俯いたがすぐにこちらを真っ直ぐに見据えて向かってきた。そして、丁度評議会室の扉の前で鏡華と向き合って足を止めた。


 鏡華は表情を崩し、目の前に立って少し顔を赤くしている少女に声を掛けた。


 「ほほほ、イサベルはん、こんな所で奇遇やね?」

 「こ、こんにちは……鏡華さん、奇遇ですね、少し仕事で用がありまして……」


 そう、向かいからやってきたのはイサベルだった。何やら小脇に封筒を抱えてしどろもどろで紫黒色のサイドテールを揺らしている。


 (……ふふふ……半分本当、半分建前ってとこやろか?)


 おそらくイサベルも双魔の顔を見ていたのだろう。双魔はイサベルに電話で事情を説明していたがまだ直接会ってはいない。自分と同じで双魔が心配なのだろう。


 「ああ、お仕事なんやね、お疲れ様。うちは双魔が心配で見に来たんやけど、イサベルはんもそやろ?」

 「はい!双魔君が怪我をしたなんて……って……ああ…………」


 取り敢えず雑に鎌をかけてみたがイサベルはいとも容易く引っ掛かった。まだまだである。が、そこがイサベルの良さである。


 「ほほほ、ほな、一緒に行こか」

 「……はい」


 イサベルは顔をはっきり紅潮させて頷いた。


 コンッ!コンッ!コンッ!


 『はーい!どなたですか!?』


 鏡華がドアをノックすると聞き慣れてきたアッシュの声だ。何故か少し焦っているような声だった。


 「六道鏡華です、それとイサベル=イブン=ガビロールはん」

 『…………はーい……今開けます……』

 「「?」」


 何故か名乗るとアッシュの声はトーンダウンした。鏡華とイサベルが顔を見合わせて首を傾げると同時に扉が開いた。


 「……そう言う事」

 「そっ、双魔君……キュクレインさん…………」


 アッシュの声が変わった理由は室内を目にした瞬間に分かった。鏡華は口元に笑みを浮かべ、納得したように頷き、イサベルは少し動揺した。


 二人の目には椅子に座って何やら書類仕事をしている双魔に後ろから若草髪の少女がもたれかかるように抱きついていたのだ。


 室内にはアッシュがいて計三人。他の役員の姿はない。


 鏡華にはすぐに見当がついた。アレが件の遺物科評議会議長、ロザリン=デヒティネ=キュクレインだろう。双魔は何も言わなかったがやはり何かはあったらしい。ロザリンはすっかり双魔がお気に入りの様子だ。


 「ロザリンさん……離れてください」

 「……?どうして?後輩君、私のこと嫌い?」

 「嫌いじゃないですけど……自分の仕事をしてくださいよ……」


 双魔は仕事とロザリンの相手で鏡華とイサベルが来たことにはまだ気づいていないらしい。


 「私の仕事はもう終わったよ?後輩君も嫌いじゃないならいいんじゃないかな?ギュー」

 「…………」


 ロザリンが双魔の背中にさらにぴったりくっつくと双魔が固まったように動かなくなった。


 鏡華は見逃さなかった。ロザリンの豊満な胸が双魔の背中でひしゃげていることを。


 (……面白そうな娘やけど、三人目はなかなか苦労しそうやね……)


 鏡華がそんなことを考えている一方、隣のイサベルは限界を迎えていた。


 「キュクレインさん!何をしてるんですか!は、破廉恥ですよ!?双魔君から離れてください!」


 (あらあら……イサベルはんには刺激的やったね)


 鏡華がイサベルの顔を横目で見ると顔が扉を開ける前までよりも赤くなっている。


 羞恥心と嫉妬が混じりあっている感じだ。イサベルの声に双魔がこちらに目を遣った。


 「…………」

 「…………」


 鏡華が手を振ると双魔もこちらに手を振り返してくる。少しバツが悪そうだが諦めも混じっているのだろう。きっと、大型犬に懐かれたとでも思おうとしているに違いない。


 鏡華は廊下に声が響くと迷惑なので後ろ手に扉を閉めた。その間にイサベルが双魔に抱きつくロザリンに詰め寄っていくのだった。


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