第283話 魔王の墓標
「……終わったか」
数瞬前まで、漆黒の魔神が浮かんでいた虚空を見つめながら、双魔はぽつりと呟いた。
「うん、後輩君、ごめんね。迷惑かけたみたい」
「いや、別に気にしてないですよ……」
「それじゃあ…………また……あとで……」
「?……っ!?ロザリンさん!」
ロザリンの方に顔を向けると膝が折れ、ロザリンの華奢な身体が崩れ落ちそうになるところだった。
双魔は助けに入ろうと思ったが間に合わない。が、その時、ロザリンが手にしていたゲイボルグが淡く発光したかと思うと犬の姿に戻り、胴で倒れるロザリンを支え、そのままゆっくりと身を伏せた。
「…………」
ゲイボルグに支えられて座り込む態勢に落ち着き、事無きを得たロザリンは穏やかな表情で眠っているようだった。
「ヒッヒッヒ……流石に疲れたみたいだな…………心配ねえよ、見ての通り眠ってるだけだ」
「そうか……よかった……」
静かに、安心させるようなゲイボルグの言葉に双魔は胸を撫で下ろした。
「っ!いててて…………」
「ソーマ」
安心したところで足の痛みが舞い戻ってきた。ティルフィングは心配そうに、ゲイボルグは穏やかな笑み浮かべて双魔を見た。
「双魔、お前には礼を言っても言い切れねえ。それと、聴きたいこともある。が、それは後にして取り敢えず学園に戻ろうや……ロザリンと、お前の足を医者に見せなきゃいけねぇからな。この空間から出してくれ」
「ん、ああ……そうだな。いててて……」
双魔は鈍い痛みに顔を歪めながら腕を真一文字に振った。眼前に光の扉が現れる。
「そこから出れば元の場所に出る」
「おう。ティルフィング、悪いけどロザリンを俺の背中に乗せてくれ」
「うむ!顔が下になるようにすればいいか?」
「ああ、それでいい。頼むぜ」
ティルフィングはロザリンを一度おんぶのようにして持ち上げるとゲイボルグの背に乗るとそのまま自分だけ背から降りた。意識のないロザリンは完全にゲイボルグに身体を預かる態勢になる。
ロザリンが背中にしっかりと乗せられたのを確かめるように身体を揺らすとゲイボルグはゆっくりと立ち上がり、光の扉を潜っていった。
「ソーマ……我も双魔を運んだ方がいいか?」
ティルフィングの提案に双魔は微笑みを浮かべて首を振った。
「……気持ちだけで十分だ。ちょっと待ってくれ」
双魔は患部に手を当て、簡易の治癒魔術を自ら掛ける。痛みもいくらか和らいだ。これでティルフィングに支えてもらえば学園まで何とか歩けるだろう。
「ん……それじゃあ、行くか」
「うむ!」
黒いローブを纏った背中と、それを支える小さな影が光の扉に消えていく。やがて、役目を終えた空間は段々と縮小し、やがて無に帰った。
邪眼の魔王の墓標は世界の狭間に建てられた。訪れる者は恐らくいない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………」
時を同じくしてブリタニア王立魔導学園、学園長室では部屋の主であるヴォーダン=ケントリスが閉じていた右眼をゆっくりと開いた。
目の前にはいつも後ろに控えているグングニルが姿勢よく立っている。自分が目を開けるまでそこに立っているように命じたのだ。
「ご主人様」
「うむ……マーリンめの言った通りになったが、何とか無事に終わったようじゃ。伏見君には礼を言わねばなるまい……グングニル、ゲイボルグらは学園に来る。校門前に錬金技術科から何人か待機させなさい、お主も一緒に迎え入れてやるといい」
「かしこまりました」
グングニルは優雅に一礼すると静かに部屋を後にした。
照明をつけていない、夜闇に満ちた部屋にはヴォーダンただ一人が残される。
「…………いい機会か……彼らには話さねばなるまい……”
独り言ち、自慢の髭を人撫でした後、ヴォーダンはもう一度目を閉じた。
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