第269話 まさかの電撃訪問

 「……ま……双魔」

 「……ん……ん?」


 名前を呼ばれ、身体を揺すられて意識が段々と覚醒していく。


 顔を上げて薄っすらと目を開くと声のする方にアッシュの金髪が映った。


 「……ん……ファフ……終わったか?」

 「うん、終わったよ。まあ、誰かさんは寝てただけだけどね」

 「そう言うなよ……寝るのだって勉強の内だ」

 「また、そんなこと言って……」

 「ん…………んーー!」


 少し変な姿勢で寝てしまったせいか凝った身体を解すのに両手を頭の上に上げて身体を伸ばす。ついでに教壇を見ると既にハシーシュと安綱はいなかった。


 「んーーっ、あー…………さて、一緒に昼飯食うか?」

 「っ!本当?」

 「ん、今日はすぐに評議会じゃないしな。ゆっくり飯食って、そのあと一緒に評議会室に行けばいいだろ」

 「うん!じゃあ、そうしようか!どこに食べに行く?カフェ?食堂?それとも外に行く?」

 最近はアッシュと昼食をとる機会も少ないのでアッシュはかなり嬉しそうだ。もちろん、双魔も気の置けないアッシュとの食事は嬉しい。

 「んー……歩きながら考えるかな?よっ……とっ」

 「そうだね!」


 双魔が気だるげに立ち上がるとアッシュも広げていたノートを閉じて鞄にしまって立ち上がる。


 そして、二人並んで階段を降りようとしたその時だった。


 「ねえ……あれって……」

 「嘘だろっ!?」

 「ど、どうしてここに……」


 俄かに授業終わりの学生が往来する廊下が騒めきだした。皆一様に驚いたような声を出して立ち止まっているようだ。


 「……ん?何だ?」

 「誰か来たのかな?」


 騒めきは次第に大きくなり、やがて双魔のクラスの前でピタリと止んだ。


 「え?……え?」

 「君、ちょっといい?」

 「あっ!えっ?はい!」


 教室の入り口で何者かに声を掛けられたらしいクラスメイトが緊張しているのか、混乱しているのか、少々素っ頓狂な声を上げている。


 「このクラスに伏見双魔君っているかな?」

 「ふ、伏見君ですか?」

 「ん?」


 自分の名前が耳に届いた双魔が軽く首を傾げて入口の方を見るとクラスメイトと目が合った。


 さらに、ひょっこりと教室の外から顔を覗かせた人物とも目が合う。


 「あ、いた。後輩君、やっほー。あ、アッシュくんも」


 若草色の長い髪を揺らす、無表情の美少女、ロザリンがこちらに手を振っていた。


 廊下や教室にいる面々が驚くのは当然だ。何故なら、普段は決して姿を見せることない遺物科のトップが突然現れたのだから。


 男女問わず、ロザリンのミステリアスな雰囲気と美貌に息を呑んでいた。


 「ロザリンさん!」

 「おーい、後輩くーん」


 (…………不味い)


 吞気なロザリンの声に双魔は一瞬で事態がこじれそうな予兆を感じ取った。


 「アッシュ、悪い。先に行って場所を連絡してくれ。あの人は俺に話があるみたいだから」

 「あっ、うん、分かった!」


 双魔はアッシュに断りを入れると足早に教室内の階段を降りると足を止めずにロザリンの傍に寄った。


 「あ、後輩く……」

 「ここだと目立つので、場所を変えましょう」

 「?分かった、じゃあ、こっち」

 「って!ちょっと……あーーーーーー!」


 ロザリンは双魔の手を握ったかと思うとそのまま風のように廊下を走りだした。


 色々と言いたいことはあったが、今、口を開けば確実に舌を噛む。


 (…………あー……もう何なんだ)


 双魔は心の中でぼやきながらロザリンに身を任せた。


 「ふんふんふーん♪」


 かなり機嫌のよさそうなロザリンは双魔を引っ張り、糸目を縫うように廊下を駆け、その勢いのまま遺物科棟の階段を駆け上がり、やがて、屋上に到着した。


 (…………死ぬかと思った)


 因みに、あまりの速さに双魔は少し浮いていた。遊園地にある下手な絶叫アトラクションに乗るよりよっぽど肝を冷やされた。


 扉を開いて屋上に出るとやはりかなり寒かった。


 「ここでいいかな?」


 そう言って双魔から手を離したロザリンを見ると綺麗な長い脚はストッキングなどに包まれていなかった。


 「……寒くないんですか?」

 「うん?寒くないよ?」


 思わず口に出た問いにロザリンは不思議そうに首を傾げた。


 「そうですか…………それで、俺に何か用ですか?」

 「うん、後輩君、今日の夜ご飯は一緒に食べよう?」

 「……はい?」


 ロザリンの要求に今度は双魔が首を傾げる番だった。


 「夜ご飯、一緒に食べよう。この前連れていってくれたお店に行きたいんだけど……だめ?」

 「いや、ダメってことはありませんけど……それだけですか?」

 「うん。後輩君と約束するのに早起きしたんだ。偉い?」


 そう言われてみれば今はロザリンがいつも起きている時間より大分早い。


 「……偉いかどうかは分かりませんけど……まあ、晩飯行くならそれで」

 「本当?」

 「はい」

 「本当に、本当?」

 「……本当ですよ」

 「うんうん、それじゃあ、約束。評議会が終わったら、五時に正門で待ち合わせ」

 「待ち合わせ……ですか?分かりました…………」


 ぐー……………


 「お腹、減ったね」


 いつもは部屋に迎えに行くのにどうした吹き回しだろうか、双魔の頭にそんなことが浮かんだのと同時に、聞き慣れてきたロザリンの腹の虫が鳴き声を上げた。


 スマートフォンの画面を確認するとアッシュから「食堂で待ってるね!」とメッセージが届いていた。


 「とりあえず、アッシュが待ってるんで食堂で昼飯にしますか……」

 「うん、アッシュくんもいるんだね。じゃあ、早く行こうか」


 そう言ってロザリンは双魔の手をしっかりと掴んだ。


 「えっ?ちょっと……ロザリンさっ……って!ああああああああーーーーーー…………」


 止める間もなく双魔を引っ張って屋上から飛び降りるロザリン。学園内には普段滅多に聞くことのないであろう、双魔の悲鳴が響き渡るのだった。

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