第268話 いつもの教室

 「んあー…………眠い……」


 教室に入ると双魔はフラフラといつも座っている一番上の段の席に腰を掛けてそのまま机に突っ伏した。


 「六道さん、おはよう!」

 「はい、おはようさん」

 「今日も綺麗だねー!肌白くて羨ましいなー!」

 「ほほほ、おおきに。褒めても何も出ぇへんよ?」

 「今日も伏見君と一緒に来たの?」

 「ほほほ、さあ?どやろねぇ?」

 「もう!はぐらかさなくたっていいのにー!」


 耳には階段教室の中段辺りで鏡華とクラスメイトが談笑している声が聞こえてくる。


 「きゃー!アッシュくん!おはよーう!」

 「おはよう!アッシュくん!」

 「お、おはようございます!」


 今度は女子の黄色い声が聞こえてきた。何というか男に気に入られようとして女が自然と出す、そんな感じの声だ。ほぼ毎朝聞いているので耳喧しいが双魔は聞き慣れた。


 そして、このクラスにそんな声を出させる男子は一人しかいない。


 「うん、おはよう!みんな!」


 続けてアッシュの爽やかな挨拶が聞こえてきた。


 「アッシュくん、今日の放課後に時間があったら一緒にお茶しない?」

 「あ!ちょっとズルいわよ!アッシュくん、私も!」

 「わ、私も……もし良かったら……」

 「お誘いは嬉しいんだけど用事があるから……今度の土曜日の午後なら開いてるから……その時にどうかな?もちろん、みんな一緒に」

 「え!本当!?」

 「それなら私も行きたい!」

 「私も!」


 女子は皆々耳聡いようで突っ伏したままでもアッシュの周りに輪が出来ているのが分かった。


 「……アイツいいなぁ……」

 「……顔か…………やっぱり」

 「いや、アッシュは俺たちにも良くしてくれるじゃねえか……顔だけじゃねぇ……」

 「「「……いいなぁ、俺もモテたい」」」


 斜め前辺りからウッフォたち非モテ組のぼやきが聞こえてきた。眠いにもかかわらず、耳は雑音を漏らさずに聞き取ってしまう。


 (……うるさいな……)


 そして、前方の黄色い声が止んだかと思うと気配が近づいてきて双魔の横に静かに座った。


 「おはよう、双魔……眠そうだね?どうしたの?」

 「……まあ、色々あってな……」


 双魔は突っ伏したままカエルが潰れた時に出すような声で答える。


 「ふーん……そう言えば双魔、ティルフィングさんと契約してからずっと女の子と一緒にいるよね」

 「…………は?」


 頭の上からアッシュの少し不機嫌そうな声と聞き捨てならない言葉が聞こえてきたので双魔は思わず頭を上げてアッシュの方を向いた。


 「……ぶー」


 見ると、アッシュの頬は見事に膨らんでいた。完全に拗ねている。


 「……何だ?その顔は……」

 「僕も双魔と遊びに行きたいんだよ?」


 (……確かに、最近忙しかったからな…………)


 以前はよくアッシュと週末に釣りをしに行ったりしたものだ。鏡華やイサベルと一緒にいるのも良いが男同士で遊びに行くのには唯一無二の楽しさがある。


 「ん……じゃあ、今度釣りでも行くか」

 「本当に!?」

 「ああ……週末は……あ?女子とお茶会だったか?」

 「日曜日は空いてるから大丈夫だよ!それじゃあ、約束だからね!?」

 「ん、了解」


 (……まあ、ロザリンさんが起きるのはどうせ夕方だし、大丈夫だろ……)


 週末の予定が決まったタイミングで予鈴が鳴った。そして、いつも通り安綱が出席簿を持って教室に入ってくる。


 「「「…………」」」


 そこまではいつも通りだったのだが、安綱を見て教室内には何とも言えない空気が流れた。


 「……うっぷ……きぼちわりぃ……」


 いつも遅れてやってくる怠惰講師が安綱に背負われて今にも吐きそうにしているのだから当然だった。


 「えー、主はこのような状態ですので、出欠を摂った後、落ち着くまで自習ということにしたいのですが……よろしいですか?」


 安綱は背負っていたハシーシュを椅子に座らせると申し訳なさそうに笑って見せた。


 その苦労を感じさせる笑みに反意を示す者がいるはずもなかった。


 「……うっぷ……おぇえ……」


 隣でただでさえ悪い顔色をさらに悪くしてグロッキーなハシーシュを見てクラスは全員洒落にならない表情だ。


 「……ハ、ハシーシュ先生、大丈夫かな?」

 「んー……あ」


 アッシュのハシーシュを心配する声を聞いて双魔はこの間、日本の土産で日本酒の瓶を数本渡したのを思い出した。


 (……ありゃあ、飲み過ぎだな……多分)


 結局、ハシーシュが復活することはなく、授業は完全に自習となった。元々眠かったのもあってか、双魔の意識はいつの間にか眠りの世界に誘われるのだった。


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