第267話 乙女二人の甘い秘密

 「いってきますだ!」

 「はい、いってらっしゃい。坊ちゃまと鏡華様もいってらっしゃいませ」

 「…………ん、行ってくる」

 「頼まれてた買い物、してから帰るさかい」

 「よろしくお願いします。お気をつけて」


 久々に家で夕食を摂った翌朝、鏡華とティルフィングと一緒に双魔はいつも通りの時間に家を出た。


 「……ふぁああ…………」

 「双魔、寝不足?また、遅くまで何かしてたんやろ……ちゃんと寝ないとあかんよ?」

 「…………ああ、ちょっとな…………」


 家を出た途端に大きなあくびをした双魔に鏡華が心配げな視線を寄越す。


 (…………誰のせいだと思ってるんだか…………)


 鏡華とイサベルと色々と刺激的なことがあったせいで早めにベッドに入ったにもかかわらずなかなか寝つけなかったのだ。


 「……何?うちの顔そんな、じーっと見て、何か付いてるん?」

 「……別に……鏡華は美人だな……と思って見惚れてただけだ」


 少し恨めし気な気持ちを込めてそう言ってやる。と言っても鏡華を美人だと思っているのは紛れもない本心だったりするのだが。


 「……朝からそないに褒められたら……うちも照れてしまうわ……もう……」

 「あっ、おい……」


 鏡華は数瞬ぽかんとしていたが、言葉の意味を理解すると頬を軽く染めて双魔の腕に抱きついてきた。


 「……仕返し」

 「…………好きにしろ」

 「ふふふ……」


 双魔が照れているのを確認した鏡華は満足気だ。


 「む!我もソーマと手を繋ぐぞ!ソーマ!」

 「ん……」


 鏡華が双魔の腕に抱きついているのを見たティルフィングも手を繋いで欲しいとせがんできたので開いている方の手を差し出す。


 「ムフー!」


 双魔の右手を小さな手で握りしめたティルフィングも鼻息を荒くして満足気。左に鏡華、右にティルフィングと二人の黒髪の美少女に挟まれて双魔はまさに両手に花の状態だ。


 まだ学園から離れているので学生は少ないが、ちょくちょくすれ違ったり、追い越していく人々から視線を感じる。このまま人の目が増えると少々居心地が悪い。


 「……なあ、鏡華」

 「はいはい、もう少ししたら離れるさかい」

 「……ん」


 以心伝心、双魔の言わんとすることは鏡華にしっかりと伝わっていた。


 鏡華も人目に触れるときはあまりくっついてこない。多分、恥ずかしいのだろう。


 言った通り、鏡華は学園の正門が遠目に入り、学生が増えてくると双魔の腕からするりと身体を離した。


 「今日はどないするん?また、議長はんとお夕飯?」

 「んー……聞いてみないと分からないが……多分、な」

 「そ、分かった」

 「ああ……ん?あれは……」


 鏡華に生返事をしながら歩いていると少し前に見慣れた紫黒色のサイドテールを揺らしてイサベルが姿勢よく歩いていた。


 「あら、イサベルはんや。双魔、うち、あの子と話したいことがあるさかい、また教室でな」

 「ん?分かった」

 「それじゃ、イサベルはん」


 鏡華はイサベルに声を掛けるとスタスタと早足で近づいていく。決して大きな声を出したわけではないが、不思議と鏡華の声はよく透るのでイサベルは立ち止まって振り返った。


 「あ、鏡華さん。おはようございます。お一人ですか?」

 「ほほほ、おはよう。一人やないよ、ほら」

 「?」


 鏡華が後ろに視線を送ったのでイサベルもそちらを見ると双魔がティルフィングと手を繋いで歩いていた。


 「…………」

 「っ!?」


 双魔もこちらに気づいているのか手を軽く振りながら眠そうな顔で笑いかけてくれた。


 一方、イサベルにとって双魔の登場は不意打ち同然だ。一瞬で昨日の記憶が甦ってしまい、頭が沸騰してしまう。


 咄嗟に手を振り返したが、頬がとてつもなく熱い。


 「ほほほ、少し話しながら歩こうか」

 「えっ?あっ、はい……」


 鏡華はイサベルの反応を見越していたかのように自然と隣に立って歩きはじめた。


 「昨日はどうやった?」

 「どっ、どうって……な、何がですか?」

 「惚けんと、双魔に送ってもらったんやろ?」

 「……双魔君に聞いたんですか?」

 「ちゃう、ちゃう。双魔は気ぃ遣ってるのか知らんけど、うちの前で他の女の子の話はせぇへんから。うちの予想」

 「ま、まあ……おっしゃる通りですけど……」

 「……それで?したん?」

 「し、しませんでしたよ……抱きしめてもらって、手を繋いで貰っただけで満足です……」

 「ほほほ……うちはとは言うてへんのに……ほほほほ」

 「かっ、からかわないでください!そう言う鏡華さんはどうだったんですか!?そ、双魔君と、そ、その……兎も角!どうだったんですか!?」

 「うっ、うち!?ええと……その……」


 イサベルのがむしゃらな反撃に形勢が一気に逆転する。今度は鏡華が口淀む番だった。


 「その……じゃ、わかりません!」

 「な、内緒!」


 問い詰められた鏡華は頬に手を当ててふいっとイサベルから顔を逸らした。頬はイサベルと同様に赤らんでいる。


 「なっ!鏡華さん!ずるいですよ!人には聞いておいて!」

 「内緒言うたら、内緒!堪忍して……恥ずかしいわ……」

 「鏡華さん!」


 二人は顔を真っ赤にして他人には聞かせられないような話をしているが傍から見れば友人同士が楽しそうにじゃれあっているだけだ。


 (……仲良いな、あいつら)


 「キョーカとイサベルはなかよしだな」

 「ん、そうだな」


 現に双魔とティルフィングの目にはそう見えていた。


 何を話しているのかは聞き取れなかったが鏡華とイサベルは正門を潜って別れるまでずっとじゃれあっていた。


 ティルフィングをサロンへと送って鏡華と二人きりになった後、遺物科棟の階段を昇りながら鏡華に声を掛けると、話している内容を聞かれると早とちりしたのか頬を赤く染めて「内緒!」の一点張り。


 「…………?」


 双魔には結局何が何なのか分からないのだった。

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