第266話 蒼き少女と白狼二頭
双魔を巻き込んだゲイボルグの様々なものを賭けた目論見が動き出す一方、学園から数キロ離れたビルの屋上、余程のことがない限り人の目に触れることのないであろう看板の陰になる場所に一人、少女が遠方を眺めていた。
雪の降る寒さの中、生地の薄い純白のドレスに、同じく純白のつば広キャペリンという寒さなど感じないと言った装いだ。
不思議なことに彼女の周囲に舞い降りた雪の欠片は彼女の肌に触れることなく空気に溶けるように消えてゆく。
逆巻く炎のような蒼髪を風に靡かせて悩まし気な、それでいて苛立たし気な表情で立つその少女は明らかに只者ではなかった。
「もう!ご主人様に言われた遺物使いが全く、全然、一向に魔導学園の敷地から出てきませんわ!一歩たりとも!…………このままではご主人様に叱られててしまいますわ……」
頬を膨らませて、身体を左右に振って駄々を捏ねるような声を出す蒼髪の少女の正体は仮面の君の言いつけでロンドンの地を訪れていた”レーヴァ”と呼ばれる遺物である。
「…………貴方たちも少しは気にしたらどうですの?」
「ワフッ!ワフッ!」
「ワンッ!ワン!」
少女が振り向いて視線を少し下げる。
そこには二匹の白い狼が雪にはしゃぎながら仲良くじゃれあっていた。
「……聞いていますの?」
「ワフッ!ワンッ!」
「ワンッ!ワンワンッ!」
少女の声が聞こえていないのか二匹は互いの尾を追いかけてぐるぐると輪を描くように走り回る。そして、片方が足を滑らせるともう片方がその上にのしかかるようにしてまたじゃれあいはじめた。
「ワフッ!」
「キャウンッ!ワンッ!」
「…………貴方たち聞いていますの!?」
「「…………」」
少女が少し声を荒げると一瞬、蒼白い炎が冷気を焦がす。流石に無視できなくなったのか二頭はじゃれあうのをやめて横たわると「なんだよ、うるさいな……」とばかりに冷めた目で少女を見た。
「…………どうして私にはそう言う態度をとるんですの……ご主人様に懐くのは当然として……ここまで邪険に扱われるのは納得がいきませんわ……」
「バウッ!バウッ!ワフッ!」
「…………”出てこないものは仕方ない、待つしかないんだから黙って待っていろ”……ですって?ぐっ……確かにハティの言う通りですわ……」
「ワフッ……ワォン」
「”これくらいも我慢が出来ないなんて、これだからお子様は”ですって!?スコルもハティも私と対して歳は変わらないでしょう!?」
「……ワフッ」
「ぐぐぐっ……馬鹿にして!……まあ、今回私はお目付け役で貴方たちが主役ですから?貴方たちの意見を尊重して……待つことにしますわ!それでいいでしょう!?」
「ワンッ!」
「……っ!そ、そこまで言うことないじゃないですの……もういいですわ…………もういいですわ……私なんて…………お姉さまにもお会い出来ませんし…………」
スコルに何やら心に刺さることを言われたらしいのと、愛しの”お姉さま”に会えないことが重なり、張り詰めていた糸が切れてしまったのかレーヴァは屋上の端にフラフラと歩いていくと両脚を抱えていじけてしまった。
「……バウッ!」
「…………キャウン……」
いじけてしまったレーヴァを見たハティはスコルを叱りつけるように吠えた。
主の言いつけを遂行するためにはレーヴァの力も必要になることをしっかり理解しているが故だ。
叱られたスコルも頭と尻尾を下げて反省しているようだった。
「……私なんて……私なんて…………」
「…………クゥン……」
レーヴァは身体から蒼い陽炎を出しながら人差し指でコンクリートの床をつつき、スコルも臥せって情けない声を出している。
「…………ワフッ……」
今後を憂いたハティの口から出た白い息は高所特有の強い風に流され舞う雪に溶け込んでいく。
一振りと二頭は今宵も目的への進展を得ずに更けてゆく夜を過ごすのだった。
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