第270話 一番の苦労人は?
双魔がロザリンに引っ張られて情けない声を上げていた、その頃。カフェテリアの窓際の席にはいつもの魔術科三人娘が腰を掛け、何やら話しながら昼食取っていた。その雰囲気は少々、明るさにものだ。
「……で、その話本当なの?」
「ホントっスよ!……伏見くん、この間、うちの店に遺物科の議長さんと二人きり……じゃなかった……議長さんの遺物さんも一緒だったっスけど……二人で店に来て楽しそうにご飯食べてたんスよ!」
「そう……愛元はどう思う?」
「いやはやー、伏見殿もなかなかの御仁ですなー。六道殿のようなお美しい正妻に加えて我らがイサベル殿の心も射止めておきながら、さらに、遺物科の議長殿にまで手をお出しになるとは…………」
「……まあ、手を出すって言っても、多分、周りにお膳立てされて、逃げられなかったんじゃないかと思うけど…………」
イサベルの件も双魔は初めは鏡華に操を立てていたらしいが、その鏡華本人、イサベル、それに加えて三者の保護者に外堀を埋められて不本意ながら折れたらしい。とは言っても、イサベルにもしっかりと誠意をもって接しているし、何よりイサベルが双魔にぞっこん、そして、鏡華の寛容さと様々な要素が揃ってややこしいながら状況は成り立っていた。
「……それで、お嬢はどうなんスか?」
「ベルは……知ってるみたいだけど…………」
「けど……何でありますか?はむっ」
梓織が言葉を切ったことに愛元がサンドイッチに齧りつきながら反応した。
「……まあ、あんまり気にしてないというか……そもそも、昨日は伏見くんに送ってもらって帰ってきたんだけど……何があったんだが、ボーっとして上の空で、料理は軽く焦がすし……かと思ったら突然恥ずかしそうに顔を隠すわで、それどころじゃなかったわ……」
「それはそれは、イサベル殿もお幸せそうで何よりですなー」
「そうっスよ!お嬢も一時はどうなるかと心配したっスけど、幸せそうならいいじゃないっスか!」
「それは……そうだけど……全く、あれで外ではしっかりしてるんだから……もう、全部伏見くんが悪いわ!」
「プッ……アハハ!それは間違いないっスよ!」
「間違いありませんなー」
全員、おかしくなって顔を見合わせて思わず笑ってしまった。三人の脳裏では双魔がバツの悪そうな顔をしていた。
「ほほほ……なんや楽しそうやね、何のお話してはるの?」
「「っ!?」」
「おやおや、これは六道殿、奇遇ですなー。宜しければご合席如何―?」
突然、声を掛けられ梓織とアメリアが驚いて、声の主の方を向くとそこには鏡華が微笑みを浮かべて立っていた。
その手には大きめのハンバーガーとポテト、紙のカップを乗せたトレーを持っている。
気づいていたのか愛元だけが吞気な声で合席を勧めた。
「あら、ええの?梓織はんとアメリアはんもよろし?」
鏡華が軽く首を傾げて見せると梓織とアメリアは首を縦に振って、空いた席に置いていた手荷物を自分の下に移した。
「ほほほ、おおきに……そしたら失礼するね、よいしょっと……それで、楽しそうに何のお話してはったの?」
「えーっとっスね……」
「うーん、その…………」
鏡華の問いかけは特に疑いなどといった含みはないものの「双魔に新しい女影がある」とは何とも言いにくい。
が、そんな二人と違って、敢えて空気を読まない愛元がここにはいた。
「いやいや、ご存知か分かりませんがー、伏見殿が遺物科の議長殿と最近よく一緒にいるようなので、お二人はどのような関係なのかとー、話していた次第でありますよー」
(……愛元)
(いっつも、いっつも……物怖じしなさ過ぎてこっちがひやひやするッス……)
愛元の直言に梓織とアメリアは何とも言えない表情だ。
一方、問われた鏡華はおしぼりで手を拭きながらきょとんとしていた。
「ああ、知ってるよ?イサベルはんの時と違って、議長はんの契約遺物、ゲイボルグはんがなんや考えてはるみたいやけど」
「おや、嫉妬などはしないのですかなー?」
「「…………」」
「ほほほ、自分で言うのもなんやけど、うちはそないに器が小さい女と違うさかい。もぉし、議長はんが双魔に惚れてしまった、なんてことになっても、同じ立場の者同士、仲良うするよ?」
「同じ立場とは、些か違うのではー?」
「違う?何が?イサベルはんとうちは対等、もし双魔が違う女の子を連れてきても同じ、何も違くないよ?」
鏡華はおしぼりを置いて隣に座った愛元を見据えた。
「いえいえ、少なくとも、六道殿は伏見殿の一番目、正妻であると某は心得ますなー」
「ほほほ、埒もない。他の人の目なんか気にしてたら思うように生きていけへんよ。ちゃう?」
「いやはや、確かにその通りですなー。これは一本取られましたなー」
(……梓織ちゃん、そこのところどうなんすか?)
(……まあ、東洋の古来の常識に則るとそうかもしれないけど、結局は本人たち次第じゃない?)
(ほえー…………なんか、難しいッスね)
(ええ……本当にね)
結局、愛元が何を聞きたいのかは梓織とアメリアにはよく分からなかったが鏡華とイサベルの仲が良好なことは何となく察せた。
三人共通で一抹の不安を感じたのはロザリンが双魔の恋人集団に加わったとして、友人であるイサベルの扱いを案じてだが、鏡華と話しても詮無きことだ。そもそも、ロザリンの件は梓織たちの憶測の域を出ないところもある。双魔を信頼するほかない。
今のところイサベルが幸せそうなので問題はないだろう。
「…………」
「?梓織はん、うちの顔そないにジッと見て……なんや付いてるの?」
「えっ?ああ……鏡華さんってハンバーガーとか食べるんだな……と思っただけ。イメージと違ったから……って失礼よね?ごめんなさい……」
「ほほほ、構へん、構へん!昨日もイサベルはんに同じこと聞かれたわぁ……うち、こういうの意外と好きなんよ」
「ってことは、昨日もハンバーガーだったんスか?」
「そ、同じものばっかり食べるの、悪いことやけど……つい、な。はむっ……もぐもぐ…………ごくんっ……うん、美味しい」
そう言って微笑んだ鏡華の口元にはケチャップがついている。
「まあ、双魔のことやけど、今はうちとイサベルはんの二人、議長はんを仮に入れたとしても三人……うちの予想やともっと増えるさかい……そしたら、流石に大変かもなぁ。愛元はんが言うた通り、少しは正妻面せんとあかんかも?」
「”英雄色を好む”ですかなー?」
「ほほほ、そら双魔に聞いてみいひんと分からんけど、双魔はええ男やし、想われたら拒めないからね」
「……鏡華さんもベルも苦労しそうね」
「……一番苦労するのって……伏見くんじゃないッスか?」
「「「?」」」
アメリアが目を見張って外を見ているので全員でそちらを見る。
ああああああああーーーーーー…………
すると、屋上から飛び降りる若草の髪が美しい遺物科の女子生徒、ロザリンと彼女に腕を掴まれて少々、情けない様子の魔術科のローブを纏った黒と銀の髪の少年双魔が鏡華たちの目に映った。
ロザリンは着地するとそのまま双魔を引っ張って事務棟の方へと消えていった。
「いやー、やはり遺物科の方々は凄いですなー、我々魔術師ではああはいきませぬよー」
「……愛元、驚くのはそこじゃないわ……それにしても……アメリアの言う通りかもね……伏見くん、苦労しそうだわ」
「ほほほ!今度の子も楽しそうやわぁ!双魔、頑張ってなー!」
愛元が頓珍漢なことに感心をし、梓織とアメリアが苦笑を浮かべる中、鏡華だけが楽しそうに笑い、愉快なランチを続けるのだった。
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