第242話 半分諦め、半分覚悟
双魔は店の外に出るとスマートフォンの画面をタップして耳に当てた。
「もしもし?」
『もしもし、双魔?今大丈夫?』
スマートフォンからは聞き慣れた鈴の音のような声、鏡華の声が聞こえてくる。
「ああ、大丈夫だ。どうした何かあったか?」
『何かあったかって…………双魔こそ何やあったんと違うの?イサベルはんとティルフィングはんに遺物科の議長はんの契約遺物と何処か行ったって聞いたんやけど…………』
双魔は言われてみると鏡華にも左文にも連絡をしていなかったことを思い出した。どうやら要らぬ心配をかけてしまったようだ。
「ん、悪いな……ちょっと立て込んでな」
『そ……しっかり連絡してくれへんとうちもティルフィングはんも左文はんも心配するんやからな?』
「ああ、次から気をつけるよ……」
『ほほほ、それならええわ。それで?もう帰ってくるん?お夕飯は?』
またまた鏡華に言われて気づいたが外は真っ暗だ。それにコートを羽織ってこなかったのでかなり寒い。
「ん、その遺物科の議長と飯を食うことになってな……夕飯は用意しなくても大丈夫だ……ごめんな」
『ううん、そんなら仕方ないよ。いつも話してる店?』
よく”Anna”についての話をするのだが鏡華はまだ連れてきたことが一度もなかった。
「ああ……今度、鏡華も連れてくよ」
『うん、楽しみにしてるわ……それじゃあ、気いつけて帰ってくるんよ?』
「ん……鏡華」
『……なあに?』
通話を切ろうとした鏡華を双魔は引き留めた。表情を見えないが長年の付き合いだ。鏡華は双魔が何かを決心したことを声で察した。その上で柔らかい声で双魔の言葉を待った。
「……帰ったら少し話したいことがある」
『そ、分かった。そしたら待ってるわ、しつこいようやけど、気いつけてな?』
「ああ、それじゃあ、また後でティルフィングと左文もよろしく言っといてくれ」
『うん、また後で』
通話が切れたことを知らせる無機質な音が耳を撫でたので双魔も通話を終了してスマートフォンをポケットにねじ込んだ。
「…………まあ、なるようになるか」
心なしか、鏡華の声も何かを察したような雰囲気があった。双魔も鏡華の思うところはある程度分かるのだ。
双魔は心を決め、夜空を見上げて確かに呟くと暖かい店の中に戻っていった。
ドアの鈴がカラコロとまたけたたましく鳴いた。
地上の光に当てられ控え目に空に浮かぶ細い月には一条の雲が掛かっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はむはむ…………もぐもぐもぐ…………ごくんっ……マスター、これ、おかわり」
「ああ、ピザパイだね。今、作ってもらってるから少し待ってくれ」
「うん、ありがとう」
双魔が出ていった後、ロザリンは変わらず黙々と食事を続けていた。
気のせいか食べる速度が増しているのは、今は双魔とゲイボルグの話には意識を割かず食事に集中しているからだろう。
「んっ……んっ……んっ……ぷはっ!……ふー……美味しい」
出された料理を全て平らげてしまったのでセオドアが新しく出してくれた烏龍茶を飲んで少し休憩時間だ。
「…………うん?どうしたの?」
グラスをカウンターの上に置くと同時にテシテシと軽く膝を叩かれたので下を向くとエールの白い泡を口の周りにたっぷりとつけたゲイボルグがこちらを見上げていた。
「どうだ?」
「…………どうだ、って?」
ロザリンは何を聞きたいのか判別のつかない聞き方をしてきたゲイボルグに聞き返しながらカウンターに置かれた紙ナプキンを数枚とって口元についた泡を拭き取ってやる。
「はい、ふきふきっと」
「……むぐ……悪いな。それで、双魔のことだよ、気に入ったか?」
「気に入ったか?って…………なんで?」
「カーッ!忘れたのか!スカアハにうるさく言われてただろうが!」
「…………おばばが?何だっけ?」
「…………ったく、お前ってやつは……もういいや、取り敢えず双魔はどうだ?」
「??よく分からないけど、後輩君はいい子なんじゃない?さっきも言ったけど」
露骨に呆れた表情のゲイボルグに不思議そうに首を傾げてロザリンは答えた。
「なら、しばらくアイツと一緒でも問題はないな?」
「…………私は別にいいよ?はい、おかわり」
ロザリンはセオドアに出してもらった新しい瓶からエールを注いでやる。シュワシュワとボウルが黄金と白い泡で満たされていく。
「そうか……後は双魔次第か…………頼むぜ」
ゲイボルグはふさふさとした尻尾でパタパタと床を叩くとじれったさを誤魔化すようにエールの注がれたボウルに顔を突っ込むのだった。
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