第243話 微笑む閻魔の姫君、悩める傀儡姫
「うん、また後で…………んー……」
双魔との通話を終えた鏡華はソファーに深く腰掛けたまま頬に手を当て、目を瞑って何かを考えるように小さく声を上げた。
「鏡華様、坊ちゃまは何と…………」
割烹着を着て夕食の準備をしていた左文が鏡華の様子を見て双魔に何かあったと思ったのか不安気にこちらへと寄ってきた。
「ああ、なんや、遺物科の議長はんとご飯食べることになったんやって。連絡しなくてごめんって……それと…………」
「それと…………何でしょうか?」
鏡華が言葉を切ったのを見て一旦安心したようだった左文はやはり何か悪いことがあったのかと居ても立っても居られないと言った雰囲気だ。
(うーん……何やろ?双魔は何か話したいことがある言うてたけど…………左文はんには悪いけど取り敢えず黙っておこかな?)
「ううん、何でもない。そんなに遅くならないみたいやからうちらもお夕飯済ませて双魔のこと待っとこ」
「そうですか……かしこまりました」
「む?ソーマは帰ってこないのか?」
左文の手伝いで食器を食卓に並べるために運んでいたティルフィングも寄ってきた。手にしたお盆にはしっかりと双魔がいつも使っている皿も乗っている。
「うん、お外で食べてくるって。ティルフィングはんもいい子で双魔のこと待っとこうな?」
「うむ!分かった!」
「それでは、夕餉を済ませてしまいましょうか」
「よい匂いだな……これは嗅いだことがあるぞ!今宵はカレーライスだな!?」
「ほほほ、正解。昨日の内から仕込んでおいたさかい、美味しいよ……左文はん、こっちにも福神漬ってあるん?」
「はい、しっかりとご用意してありますよ」
「ほほほ、流石、左文はんやなぁ……玻璃はどないする?」
「…………此方は……大丈夫…………だ」
「そ」
いつもと変わらず目を閉じて椅子に腰掛け、石のように動かない浄玻璃鏡からは予想通りの返事が返ってきた。
こうして、家主以外の女三人で食卓を囲んでの夕食となった。
「カレー♪カレー♪」
(双魔の話……とんと思い当たることはあらへんけど何やろ?…………そう言えば議長はんは女やアッシュはんが言ってたねぇ…………ふふふ、またイサベルはんみたいになったら面白いわぁ……ふふふふふ……)
スプーンを持ってはしゃぐティルフィングに服を汚さないように前掛けを着けてやりながら鏡華は”双魔の話したいこと”に色々と考えを巡らせるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ベルー、もう出来るわよー」
「…………うーん…………」
一方、こちらも夕食時、学園近くの比較的新しい寮の一室ではフライパンで何かを焼くジュージューという音と、バターの焦げた香ばしい匂いに混じって唸り声が上がっていた。
「…………ベル?どうしたの?」
白と黒のチェック柄のエプロンを着けた
「…………うーん…………」
梓織の声には全く気がつかず、考え事に集中しているようだ。
しかし、夕食はすでに完成し、後は皿に盛りつけるだけの状態だ。イサベルにはこちら側に戻ってきてもらわなければならない。
「………………うーん…………」
「……ベル、伏見くんから電話よ」
「えっ!?双魔君から!?」
愛しき人の名前に反応し、物思いから舞い戻ってきたイサベルは目にも留まらぬ速さで傍に置いてあったスマートフォンを手にするが画面には着信記録はおろかメッセージさえも来ていなかった。
「…………梓織?」
「声を掛けたのに反応しない貴女が悪いのよ。もう夕飯だから座って」
一瞬、恨めしそうに梓織を睨んだイサベルだったが自分が悪いので大人しく手を洗って席についた。
テーブルの上にはサラダやスープ、パン、そして、メインのこんがりと綺麗に焼かれたサーモンのムニエルが並べられていく。
食事は二人で交互に作る当番制にしていて今日は梓織が作る番だ。
「美味しそうね」
「まあね……それにしても、ベル、貴女、本当に伏見くんのことが好きなのねー?」
「っ!?べ、別に……いいでしょ…………」
ボッと熟れたトマトのように顔を真っ赤に染め、ごにょごにょと尻すぼみになるイサベルを見て梓織は楽しそうに笑った。
「それで?何を考えていたの?…………まあ、どうせ伏見くんのことだろうけど?」
エプロンを脱いで椅子に腰を掛けると梓織はニヤニヤと少し意地の悪い笑みを浮かべてイサベルに訊ねた。
「…………梓織のそういうところ……嫌いよ」
図星だったようで拗ねてそっぽを向くイサベルだが梓織がからかってくるのはいつものことだ。拗ねて見せたもののすぐに止めて親友に相談することにする。
「……双魔君が疲れているみたいだったから何かしてあげられないかしら……と思って……」
「そう……それでお菓子のレシピ本ってわけね」
「……うん」
チラッと覗いたが、机の上に広げられていたのはイサベルが毎月購読している菓子のレシピ雑誌だった。
双魔が甘いものが嫌いという話は聞いたことないし。甘味は疲れに効くのは古来より伝わっている。イサベルらしい気遣いだ。
が、ふと梓織の脳裏には悪戯心と晴れて想い人と婚約したにもかかわらず少々奥手な親友を後押ししたいという思いが浮かんだ。
「…………お菓子もいいけど、もっと手軽に伏見くんを癒してあげることもできるわよ?」
「そんな方法が…………あるの?」
イサベルの反応はとてもよく梓織の案に期待している反面、表情は何処か訝し気だ。やはり、からかったのが悪かったのだろう。
(…………もう、この子ったら本当に可愛いんだから!…………やめられないわ!)
しかし、それは梓織にとっては逆効果だった。イサベルの双魔が絡んだ時に見せる複雑な、心中が漏れ出た表情は梓織の大好物だ。
さらに慌てふためくイサベルが見たい梓織は満面の笑みで助言する。
「ええ、貴女が伏見くんに抱きついてぎゅーってしてあげればいいだけよ。どう?簡単でしょう?」
「…………は?」
梓織のアドバイスに理解が追いつかないのかイサベルは短く、乾いた声を出すだけだ。
「あら?伝わらなかった?こう、伏見くんの背中に手を回して、胸を押し当てて優しくぎゅーっと抱きしめるのよ。座っているところで頭を抱いてあげるのもいいと思うわ。どう?」
「ぎゅーっと…………な、なななななな!」
やっと理解が追いついたのかイサベルは再び顔を茹でた蟹のように真っ赤にして奇妙な声を発しはじめた。
「ふふふふふ、伏見くんだって男の子よ。絶対喜ぶと思うけど?」
イサベルの反応を見て半ば恍惚な笑みを浮かべている梓織だが、当の本人はそれどころではない。
(そ、双魔君を!ぎ、ぎぎぎ!ぎゅーっと!??)
イサベルの脳内では先日、双魔に二回抱きしめてもらったシーンがスローモーションで再生されていた。
確かに、双魔に優しく抱きしめてもらった時、自分は言い表しようのない安堵感と幸福感に満たされていた。自分が同じことをしたら双魔はどんな反応をするだろうか。
「…………いいかも…………で、でも…………でも…………」
「料理、冷めるわよー。いただきます……ん!美味しい!上手くできたわね」
顔を真っ赤にしたままぶつぶつと何やら呟いているイサベルを楽し気に見つめながら梓織はスープを口に運ぶ。
「…………双魔君を…………ぎゅーっと…………」
この夜、イサベルは悶々としてしまいほとんど眠ることが出来なかった。
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