第241話 ごちそうディナー

 「……美味しそう……食べていいかな?」


 双魔がゲイボルクの言葉に混乱する一方、ロザリンの興味は目の前に並べられた料理へと移っていた。


 レタスの上に赤や黄色のパプリカのスライスが載せられ、その上からドレッシングとクルトンがかけられた彩りのよいシーザーサラダ、トマトスープに刻まれた野菜やたっぷりの豆が入ったミネストローネスープ、からりときつね色に上がったフィッシュアンドチップス。ベーコンにマッシュルーム、スライスしたオニオンの上にトローリとチーズが溶けた分厚い生地のピザパイと食欲を誘う見た目と匂いにロザリンの意識は完全に奪われていた。


 空腹に負けずに僅かに残った理性で律儀に双魔に食べていいかと聞いてくる。


 双魔を見る右目はまさにキラキラと輝き、ワクワクが止まらないと言った様子だ。


 「…………どうぞ」

 「うん!うん!いただきます!」


 何処かで教わったのか両手を合わせてしっかりと食前の挨拶を済ませるとスプーンを手に取り熱々のミネストローネから手を付ける。


 「ふー……ふー……はむっ……んー!」


 しっかりと冷ましてから口にしたミネストローネが余程美味しかったのか身体を軽く揺らすとそのまま黙々と食事をはじめてしまった。


 「……んっ…………ふー……おい、どうするんだよ」


 余りにも幸せそうなロザリンに声を掛けるのが忍びなくなった双魔は烏龍茶で喉を潤すと身体を横に向けてゲイボルグと顔をつき合わせた。


 「ヒッヒッヒ!ロザリンは一旦飯を食いはじめちまうとロクに話聞かねえからな……取り敢えずお前にしっかりと説明はしてやるよ!」

 「…………んじゃ、その説明とやらをしっかりしてもらおうか…………」

 「そう、怒るなよ!まあ、色々あってなそろそろロザリンも普通に学園の授業やらなにやらに参加できるようになった方が良いと思ってな、そこで双魔、お前の出番ってわけだ!」

 「…………は?」

 「俺の見立てじゃお前で間違いない!さっきも言った通りしばらくはロザリンと一緒にいてやってくれ、ああ、安心しろ、昼間は好きにしていいぜ!夕方から朝日が昇るまで付き合ってくれりゃあいい」

 「…………まったく説明になってないんだが…………夕方から朝日が昇るまでってのはどういうことだ?」


 ロザリンは昼夜逆転生活を送っているのだろうか。しかし、一応は学生の身としてそれはどうなのだろうか。臨時講師をしている双魔はつい教員の立場からそんな考えが浮かんでしまう。


 「むぐむぐむぐ……ごくんっ……私は誓約ゲッシュで夜に眠ることはできないから……はむっ……」


 一応話を聞いていたらしいロザリンがポツリと言った。


 (……誓約……そうか……そういうことか……)


 ”誓約”とはケルトの戦士たちが己自身に誓い、それを守ることで加護を受けることの出来る一種の呪術だ。ケルトの大英雄クーフーリンの愛槍と契約しているロザリンが誓約を己に課していることに何ら不思議はない。


 ロザリンはよく陽が沈む前後の時間帯に学園内にふらりと現れるという噂にも納得がいく。


 「ってわけだ、諸々はそのうちロザリンが自分で話すだろうから俺からは言わない。ああ、ヴォーダンに話してお前がしばらく授業をフケても大丈夫なように取り計らってくれるらしいからそこんとこは心配すんな!ヒッヒッヒ!どうせ、遺物科でロザリンの承認が必要な案件も溜まってるだろ?」

 「…………まあ、それはそうだが……」


 確かにゲイボルグの言う通り評議会の書類が溜まっているのは確かだが何日も書けて処理するものでもない。そもそも、ゲイボルグの注文にはそれ以前に問題がある。


 「なんだ?嫌なのか?」

 「……俺が嫌か以前にだな、ロザリンさんが嫌だろ。こんな良く知らない男に付き纏われるなんて」

 「……はむっ……むぐむぐ……んぐっ…………私は別に嫌じゃないよ?なんか、よく分からないけど後輩君には親近感が湧くし。それに……」

 「……えっ?」


 そう言うと、突然ロザリンがスプーンとフォークを置いて顔を近づけてきた。息が触れ合う超至近距離だ長いまつ毛の一本一本がよく見え、鼻腔を爽やかな、恐らくロザリンの匂いにくすぐられる。


 不意打ちに動揺して思わず固まってしまった双魔を数秒、翡翠の瞳で見つめるとロザリンはさらに顔を近づけて、双魔の頬をペロリと一舐めした。


 「…………はっ!?」


 双魔が驚きの余りフリーズし、声を上げる間にロザリンは顔を離して元の位置に座って再び、フォークを握った。


 「うん……後輩君は変な味もしないから、大丈夫……はむっ……もぐもぐ……」


 そう呟くと何事もなかったかのように食事に戻る。


 「ヒッヒッヒ!よかったな!ロザリンはお前のことを気に入ったみたいだぜ?まあ、そうじゃなきゃ一緒に飯なんて食わないけどな……それで、どうする?俺の頼みを引き受けてくれるか?…………まあ、ぶっちゃけ他に当てがないわけじゃないんだがな……きっとお前が一番ロザリンに親身になってくれるはずだ。これも何かの縁だと思って引き受けてくれよ……な?」


 普段はおちゃらけていることの多いゲイボルグが珍しく真摯に、真っ直ぐに双魔を見つめている。


 「……………………」


 (また面倒な予感がするが……ここまで言われると、な……)


 双魔の脳裏に甦るのはつい先月のイサベルと婚約するきっかけになったお見合い騒動の時の記憶だ。今回のロザリンに関しても薄っすらとあのような事態に突き進む予感がしないでもない。


 (…………いや、まあ、ロザリンさんとは付き合いも短いし……大丈夫だろ……仕方ないか……)


 「ハハハ、実にいい食べっぷりだね、お嬢さん。追加の料理が出来たからどうぞ」

 「むぐむぐむぐ……ごくんっ……ありがとう」


 双魔がこめかみに指をあて、目を瞑って考えているとセオドアの声が聞こえてきた。


 瞼を空けると大量にあったはずの料理はそのほとんどが消えていて、新しい料理が並べられていた。


 双魔は目を疑ったがゲイボルグが言っていた通りロザリンは相当な健啖家らしい。


 (……似てるな……ティルフィングに)


 ティルフィングと違い黙々と食べているが食べる量と実に美味しそうに食べるその表情が双魔に愛剣のことを思い出させた。


 「…………ん?」


 丁度そんなことを考えた時だった。ポケットの中に突っ込んでいたスマートフォンが振動する。


 取り出して点滅するディスプレイを見て双魔は椅子から立ち上がった。


 「すいません、ちょっと電話に出てきます」


 パスタをクルクルとフォークで巻いていたロザリンはコクリと頷く。ゲイボルグも尻尾を軽く振って反応する。


 「双魔も何か食べるかい?」


 さらに追加の料理の皿を手に載せたセオドアが声を掛けてきた。


 「ん、じゃあ、いつもので」

 「分かったよ」


 双魔はセオドアの返事を聞くと足早に店の外へと向かうのだった。

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