第236話 衝撃のご対面(ファーストインパクト)

 「ほれ、観念して入りな」

 「…………分かった…………失礼します……」


 後ろからゲイボルグがグイグイと押してくるので双魔は諦めて部屋に足を踏み入れた。


 「…………」


 室内をぐるりと見渡す。調度品、クローゼットらしき棚や机、椅子、天蓋付きのシンプルなベッド、ミニキッチンなど人が住んでいると思わしき最低限のものは置かれているがあまり生活感はなく質素そのものと言った印象だ。


 不思議なことに部屋の主たるロザリンの姿が見えない。


 「…………おい、キュクレイン先輩は?」


 部屋にいる、そう言った張本人であるゲイボルグに視線を落とす。


 「……ファーア…………おー、ちゃんといるぞ。今日はまだ起きてなかったみたいだけどな…………」


 ゲイボルグは窓際に横たわって欠伸をしながらそう言うと鼻先で夕陽に満たされた部屋の真ん中にあるベッドを指した。


 双魔の視線がゲイボルグの鼻先に釣られてベッドに移ったその時だった。


 純白のシーツの上の毛布の塊がもぞもぞと動く。


 「……うー…………もう…………夕方?」


 ベッドから若い女と思われる眠たげな声が聞こえた。


 夜の帳が降りた草原に吹く風のような声、心地良さと僅かな冷たさを感じさせる澄んだ声だ。


 「ああ、ロザリン。いつもより少し遅いお目覚めだな」


 ”ロザリン”、ゲイボルグは確かにそう呼んだ。そして、部屋に一つしかないベッドの中にゐるということは声の主はロザリン=デヒティネ=キュクレインで間違いないだろう。


 寝起きに見慣れない男がいた時の気分を想像すると双魔は一度部屋を出た方が良いのではないかと思った。


 しかし、不思議とこの場に止まざるをえない、何か見えない糸でもに絡めとられたような感覚があった。


 「うん?誰か……いる?」

 「ああ、お前に会わせたい奴がいたから連れてきたぜ」

 「…………そう、なら会おうかな?」


 毛布に包まれたロザリンらしき塊は再びもぞもぞと動くと身体を起こしたのか今度はこんもりと小さな山がベッドの上に出来上がる。


 「よいしょっと…………ふー…………どれどれ……?君は……確か何処かで見かけた?」

 「え、ええ…………」


 毛布の山の頂上からひょこりと顔が飛び出し、バッチリと双魔と視線が合った。


 白く透き通ったシルクのような肌、それぞれの箇所の形が整った、生命力溢れる魅力的な顔立ち。同じように生命の力を感じさせる艶やかな若草色の柳髪が額に掛かっている。


 双魔を見つめる透き通るような翡翠の瞳は何故か右側だけで、左の瞼は閉じ切っているようだった。


 眠気が抜けきっていないのだろうか。


 「私の名前はロザリン、ロザリン=デヒティネ=キュクレイン。学年は三年、一応、遺物科の評議会で議長をしている…………ほとんど仕事はできてないけど。私の自己紹介はこんな感じ。…………次は、君の番?」


 眠気は完全に去っていったのかロザリンは毛布にくるまったまま所々独特な間を挟みながら双魔に自己紹介をして見せた。


 霞のように掴みどころのない雰囲気と蓑虫のような状態と中々にシュールな評議会議長に双魔は片目を閉じてこめかみをグリグリと頭の痛さを誤魔化したが自己紹介をされたからには返さなくてはならない。


 こめかみを刺激していた方の手で頭をぼりぼりと掻くと居住まいを正した。


 「自分は……伏見双魔といいます。学年は二年。遺物科評議会の…………副議長です」

 「…………うん?副議長?……君が?」

 「……はい」

 「…………ふーん…………へー…………ほー…………うんうん…………」


 双魔の言葉に首を傾げたロザリンだったが何度か頷くとゆっくりと立ち上がった。


 「そうか……君は私の右腕?…………じゃあ、よろしく」


 ベッドを降りて双魔の方へと歩み寄ったロザリンは握手をしようとしたのか双魔に手を差し出した。


 その時、身体をくるんでいた毛布がはらりと床に落ちた。


 そして、ロザリンから視線を外しておらず、思わず落ちた毛布を目で追った双魔の目には信じられないものが映った。


 顔と同じくシルクのような白く綺麗な肌、長さが揃い程よく筋肉が細くしなやかなついた美しい手足。キュッとくびれた腰。


 そして、胸にたわわに実り、ぷるぷると瑞々しく揺れる二つの豊かな果実。先端には長く伸びた若草の髪が掛かっている。


 双魔の双眸にはロザリンの、ほぼ初対面とも言える美少女の一糸纏わぬ芸術の具現かの如き裸体がばっちりと、くっきりと、はっきりと、もろに映っていた。


 「………………………………………………………………すいません、一度失礼します」


 キーッ…………バタンッ!


 余りの衝撃に脳の情報処理が追いつかなかったのか双魔は彫像のように動きを止め、しばらくの沈黙の後、踵を返しスタスタと部屋の外に出ていった。


 そして、ゆっくりと扉が閉まる。


 「……?どうしたのかな?」


 陽が地平線にかかり暗くなりはじめた部屋で裸体のままロザリンは不思議そうに首を傾げた。


 「ヒッヒッヒッヒ!こりゃあ面白くなりそうだな!ヒッヒッヒ!」


 広い室内にはゲイボルグの愉快な笑い声だけが響き渡る。


 これが、双魔とロザリンの衝撃的な初対面であった。


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