第232話 アッシュのコーヒー

 「それじゃあ、お茶、もう一回入れようか!コーヒーと紅茶、どっちがいいかな?今度はちゃんと豆か茶葉から淹れるよ!」

 「あ、オーエン君、私も手伝うわ!」

 アッシュが立ち上がると双魔に背を向けて、顔に手を当てて動かしていたイサベルがパッと立ち上がった。

 「…………?」


 その横顔は普段通りで双魔の中で謎はさらに深まった。


 「いいよいいよ!ガビロールさんはお客さんなんだから!それにお仕事も手伝ってもらったし!ね?双魔!」

 「ん、そうだな。イサベル、アッシュに入れてもらおう。俺はコーヒーにするけど……イサベルはどうする?」

 「え?あっ、双魔君と同じでいいわ!」

 「ん、そうか。アッシュ、コーヒー二つ。ミルクもつけてくれ」

 「はーい!それじゃあ、僕もコーヒーにしようかなー。二人はお話でもしてるといいよ」


 コーヒーと決まるや否やアッシュはケトルのスイッチを入れて、棚からコーヒー豆やらミルやらドリッパー等々、コーヒーを淹れるのに必要な道具一式を取り出した。


 そして、手際よく準備を整え、ミルに豆を入れてゆっくりと豆をすり潰しはじめた。


 ゴリゴリという音と共にコーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。


 テンポのいい音と香りを感じながら双魔は背もたれから身体を身体を起してイサベルと向き合った。


 「さて、こっちの仕事は終わる目途もついたし……そっちの話を聞こうと思うんだが……」

 「…………そう言えばそれで来たんだったわね、私……」


 双魔の机に積まれた書類の山があまりにも衝撃的で忘れていたイサベルであった。


 「…………なんか、ごめんな……」

 「ううん!双魔君は何も悪くないわ!気にしないで!それで……話って言うのは春の学園祭についてなんだけど…………」

 「あー、学園祭か…………そりゃあ、各科の評議会集めて話し合う案件だな……」


 ブリタニア王立魔導学園では新入生が入ってきた直後に学園祭を行う。


 大規模な新入生歓迎会としての要素も多分に含んでいるため開催側は各科の二、三、四年が行い、学科を跨いで多くの催し物を行い、外部からの客も入れる選挙と並ぶ一大イベントだ。


 学園祭の準備期間中は各科の評議会を統合し、言うなれば大評議会が設置され力を結集させて運営本部として機能することになっている。


 その業務内容は多岐にわたるが主に各イベントの監査、学園内の秩序の維持、外部への広報などがある。

 双魔たち三人が先程まで格闘していた大量の書類もこの学園祭に関する過年度の資料や早期の申請が求められる催し物を開きたい団体からの申請書だ。


 「そうだよねー、もうそんな時期だよね!楽しいけど、忙しいんだよね……はい、コーヒー入ったよ。ミルクは置いておくからご自由に!」

 「ん、ありがとさん」

 「ありがとう」


 コーヒーを双魔とイサベルの前に置いたアッシュも会話に加わってくる。


 「フーフー……んっ……うん、上手く淹れられたね!学園祭は遺物でも何かやりたいって言う人もいて大変なんだよね……」

 「ああ、確かに遺物科はそうかもね……」


 何を思い出したのか一気に疲れた顔になったアッシュにイサベルが同情の視線を送った。


 「……また、面倒そうな…………」


 双魔は話を聞いただけでげんなりとしてこめかみをグリグリしていた。


 「それで?今日は何の話だ?」

 「ええ、今日は各科の第一回の話し合いの日を決めようと思って。錬金技術科にはもう聞いてきたから後はこの中から遺物科に選んでもらうだけよ」


 そう言うとイサベルは持って来ていたファイルから一枚の紙を取り出した。


 そこには魔術科と錬金技術科の予定が合った日が記してある。


 「そう言えば去年も気になったんだけど召喚科は評議会はないの?」

 「ん?ああ、召喚科は特殊な科で人数が少ないからな。こういう時は魔術科に含まれてるんだ」

 「あ、そうなんだ」


 ”召喚科”は一つの科として魔導学園に存在するがその人数は二桁と多くないためイベント時は便宜上このような扱いになることが多い。


 ついでに触れておくと学生の数の多さは魔術科、錬金技術科、遺物科、召喚科の順で多い。


 「さて……どの日にするか…………ん?」

 「双魔君、どうしたの?」


 腕を組んで紙を覗き込んでいた何かに気づいたように顔を上げ、扉の方を見た。


 その数瞬後だった。


 コンッコンッコンッ!


 『ソーマー!いるかー!』


 扉がノックされ、廊下から聞き慣れた元気な声が聞こえてくる。


 「おー、いるぞー!」


 双魔が返事を返すと静かに扉が開いた。


 「ただいまだ!」

 「あら、見慣れない娘がいるわね?確か魔術科の副議長さんだったかしら?」

 「ワン!」


 そこには何故か大きな深碧色の犬、噂のロザリンの契約遺物であるゲイボルグに跨って満足げなティルフィングといつも通り優雅な立ち姿のアイギスが立っていた。

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