第233話 賑やか遺物トリオ

 「ん……集まりはもう終わったのか?」

 「うむ、今日も美味なものをたくさん食べたぞ!」

 「そうか……おっと……よかったな」

 「むふー!」


 ゲイボルクの背からひらりと飛び降りたティルフィングはトテトテと双魔の机に向かい今度は双魔の膝の上に飛び乗ってきた。


 いつものように双魔に頭をくしゃくしゃと撫でられたティルフィングは満足げな表情を浮かべている。


 「…………」

 「ん?」


 そうしてティルフィングを撫でていた双魔だったが横から視線を感じたのでそちらに顔を向けるとイサベルが双魔の膝の上のティルフィングを凝視していた。


 「イサベル?ティルフィングがどうかしたのか?」

 「っ!え、あ、何でもないわ!」

 「?そうか?」

 「おー!イサベルではないか!今日は何か持っていないのか?」

 「ごめんなさい、今日は何も……また今度何か作っておくわね」

 「うむ!楽しみにしておくぞ!」


 ティルフィングは双魔に撫でられ続けたままイサベルの作る菓子に胸を膨らませているようだ。


 最初に持っていったカボチャパイでティルフィングの心をがっちり鷲掴みにすることができたようでイサベルは大分懐かれている。


 (…………双魔君……私の頭も撫でてくれないかしら……こ、今度二人きりの時にお願いしてみるとか…………で、でも恥ずかしいし…………)


 顔に出さずとも内心は煩悩が渦巻くイサベルであった。


 「貴女、イサベル=イブン=ガビロールとか言ったかしら?」

 「これは、失礼いたしました。お初にお目に掛かります。始祖ソロモン=ベン=イブン=ガビロールより始まりしガビロール宗家次期当主、イサベル=イブン=ガビロールと申します。以後お見知りおきを……」


 アイギスに声を掛けられたイサベルが立ち上がって恭しく挨拶をするとアイギスは穏やかな微笑みを浮かべた。


 「フフフッ、そんなに畏まらなくていいわ。アッシュとも仲良くしてあげてね」

 「はい、勿論です」

 「ヒッヒッヒ!今日は毎回恒例のアイギスとカラドボルグの喧嘩がなかったからな!部屋も散らからないから後始末もなくて平和だったぜ!」

 「ゲイボルグ……」

 「ヒッヒッヒ!」


 ゲイボルグが若い男の声でアイギスをからかうとアイギスの表情は一転、圧力のある笑みに変わったがゲイボルグはどこ吹く風だ。


 「…………犬が…………あ、でもそうよね」


 一瞬、驚いた様子のイサベルだったがすぐに納得したのか軽く頷く仕草を見せた。


 犬の姿を取ってはいるがゲイボルグはケルトの大英雄、光神ルーグの皇子であるクーフーリンの愛槍であり、れっきとした神話級遺物だ。人の言葉を話すことなど訳ない。


 主であるロザリンが顔を出さない代わりによく評議会室に顔を出すので自然と話す機会も多く今では双魔やティルフィングとも気楽に話す仲だ。


 性格は気さくで場の雰囲気にも敏感なので気遣いも完璧な兄貴肌だ。よく冗談や堅苦しい性格のアイギスをからかったりしている。


 「で、双魔」

 「ん?」


 笑うのを止めたゲイボルグは入口から少し入ったところで身体を伏せて後ろ足で頭を掻くと新しく面白いものを見つけたかのように双魔に声を掛けてきた。


 「お前、婚約者がいるって聞いたけど本当か?」

 「…………ん、まあな」


 最早、鏡華のことは学園中に知れ渡っているので否定する意味はない。双魔は潔く肯定した。


 「ほー……そんで、そこの魔術師の嬢ちゃんともいい仲なんだろ?ヒッヒッヒ!たいしたもんだぜ!」

 「なっ!?ななななな!?」

 「…………イサベル」

 「えっ!?あっ!?ごめんなさい!」


 ゲイボルグは鎌を掛けたのか、それとも確信があったのか双魔とイサベルの仲について言葉にした。真意は兎も角イサベルが顔を赤くして思いきり動揺を見せてしまったので双魔は認める他ない。


 『ベルは伏見くんのことになると隙が出来るからしっかり責任もって見てあげてね。これはあの子の親友としてのお願いよ』


 梓織がそう言っていたのを思い出す。双魔の前にいるときのイサベルは確かに危なっかしい。


 「…………まあ、一応そう言うことになってるが……よく気づいたな?」

 「ヒッヒッヒ!なーに言ってんだ。お前らとは経験が違うぜ!経験が!アイギスも気づいたよな?」

 「ええ、大体一目見ればね……双魔、女性を何人囲うかは貴方の自由だけど、うちみたいにロクなことにならないことも多いから気をつけなさい」


 アイギスは眉をひそめ、警告の意味を込めているようだ。


 ”うち”とはギリシャ神話の主神ゼウスとその神妃ヘラ、そしてゼウスの浮気相手たちのことを言っているに違いない。


 ゼウスは神や人間問わず多くの女性と関係を結ぶがその相手のほとんどは妻であるヘラの嫉妬の対象となり凄惨な目に遭っている。


 或る者は命を落とし、或る者は獣に姿を変えられ、また或る者は自らの子を殺された上、己の姿を人喰いの怪物に変えられた。


 そうならないようにと言っているのだろう。


 「まあ…………大丈夫だろうけど、忠告として受け取っておくよ」


 双魔の境遇に当てはめればヘラのポジションは鏡華ということになるが、鏡華は自分から双魔とイサベルの交際を押してきた。


 理由を訊ねても笑顔ではぐらかされるばかりだが、負の感情は一切感じ取れなかった。故に心配することもないだろう。


 「”英雄色を好む”って言うしな!クーフーリンだって数え切れないくらい女抱いてたし、男なら誇っていいと思うぜ!ヒッヒッヒ!」

 「いや…………俺はそう言うのとは違うんだが…………」

 「……あー、確かにな!見たところ双魔はクーフーリンとかフェルグスみたいに自分から求めるタイプじゃなくて、女の方から集まってきていつの間にかってタイプだな!まあ、いいじゃねぇか!お前は甲斐性もあるからこれからも女が増えるぞ!きっとな!」

 「……………………」

 「………………」


 好きに言い放題のゲイボルグに双魔は苦い表情でこめかみをグリグリと刺激し、まだまだ自分と同じような女性が双魔の周りに増えると断言されたイサベルは何となく落ち着かなくなって、サイドテールを撫でてしまう。


 「……アハハハハ………」


 アッシュは何故か乾いた声を上げ、アイギスはゲイボルグを冷めた目で見つめる。


 「おっと?余計なこと言い過ぎたか?ヒッヒッヒ……悪いな!」


 恐らくわざとと思われるが悪びれる様子を一切見せないゲイボルグであった。

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