第231話 お手伝い傀儡姫
「それじゃあ……まずは何からはじめましょうか!?」
まだ顔の赤みが引ききらないイサベルが拗ねたように強い口調でそっぽを向いたまま双魔に訊ねた。
「ん、そこの右の山の仕分けを頼む。資料と申請書に分けて、申請書の方は俺のサインでいいのかそれとも議長のサインのみ有効のものなのかを分けてくれ」
「分かったわ」
「頼む。アッシュはさっきリリーが置いていった資料を含めて左の山の資料を仕分けしてファイル別に綴じてくれ」
「はーい」
双魔は壁に掛かっている時計をちらりと見た。
「俺は確認とサインが必要な書類を処理する。んじゃ、目標は今日中に終わらせる感じで、三時頃になったら一度休憩にするか。頑張るぞー」
「おー!」
「お、おー?」
双魔の明らかにやる気のない掛け声にアッシュは元気よく、イサベルは困惑気味に掛け声を返してそれぞれの作業がはじまった。
「よいしょ……っと、ガビロールさんの分、ここに置くからねー」
「ええ、ありがとう……オーエン君……力持ちなのね」
アッシュが自分の顔が見えなくなるほど大量の書類をいっぺんに抱えて持ってきたのをみたイサベルが呆気にとられる。
「フッフッフ!見た目は華奢で女の子見たいってよく言われるけどこれでも鍛えてるんだからね!」
「やっぱり魔術師と遺物使いは全く別物ね…………」
イサベルとアッシュは雑談をしながら作業に取り掛かるがその目と手は凄まじい速さで稼働している。この 勢いが続けば本当に今日中に作業が終わるかもしれない。
「さてさて…………」
双魔もペンを手に取り手元の読みかけの書類に目を通すとサラサラっと署名欄に記名して”作業済み”と大きく記されたボックスの中に放り込み、次の申請書を手に取る。
そうして双魔が十枚ほどの書類を作業済みボックスに放り込んだ時だった。
ふと、アッシュと話しながら作業を進めていたイサベルが立ち上がってこちらによってきた。
「双魔君」
「ん、どうした?」
顔を上げてイサベルの方を見ると目の前に書類の束を差し出された。
「仕分け、終わったわ」
「…………も、もう終わったのか?」
恐るべき処理速度だ。伊達に昨年から評議会で仕事をしているわけではない。それともイサベルは性格的にこの類の仕事が得意なのだろうか。
「これが双魔君の署名でも大丈夫な分よ。大体三十枚くらいかしら?山のほとんどは新しい資料だったわ。キュクレインさんの署名じゃないといけないのは二枚だけ。そっちはオーエン君に金庫に仕舞ってもらえばいいのかしら?」
「ああ、それで頼む……」
「分かったわ。後はオーエン君の資料の整理を手伝えばいいかしら?」
「あ、ああ、うん……よろしく…………」
「ええ、任せて!」
そう言うとイサベルはアッシュの資料整理を手伝いはじめた。
双魔はペンを手に持ったまま背中を椅子の背もたれに預け、何となく作業を進めるイサベルの横顔に見入ってしまう。
そこにはしっかり者だが何処か放っておけない危なさもある、双魔が普段見るイサベルの姿はなく、只々しっかり者のイサベル=イブン=ガビロールがいた。
(…………俺がいる時は少し気が抜けてるのかね…………まあ、それだけ信頼してくれてるってことなら…………嬉しいが……)
「……双魔君?」
そんなことを考えているとイサベルと目が合ってしまった。
「……ん?」
「手、動かさないとお仕事は終わらないわよ?」
「…………ん、そうだな」
イサベルの言う通り作業は進めないと終わりに近づかない。
双魔は再び背筋を伸ばして作業を再開した。
一方、イサベルとアッシュの資料整理班では少し止まっていた作業を進めながらの雑談が再開された。
「そう言えば、ガビロールさんってどうして双魔を好きになったの?」
「え?そ、その……別に理由なんてどうでもいいでしょう?」
「えー!気になるよ!何か魔術科では人気みたいだけど、普段の双魔なんてやる気も覇気も全然なくてその辺に生えてる木みたいだよ?見た目はそこそこ良いと思うけど……ガビロールさんみたいな美人さんが好きになるにはちょっと足りないと言うか……」
そう言いながらアッシュはチラリと双魔の方を見た。
(…………遊んでるな)
双魔はその口調からすぐにアッシュの意図に気づいた。双魔を少し悪く聞こえるように言えばイサベルがムキになって言わなくてもいいことも話しだすと考えているのだろう。
身内には少々、小狡いこともするアッシュであった。
しかし、その目論見は全くもってイサベルには効かなかった。
「いいの。他人が双魔君をどう思っていようと私は双魔君が好き。理由は……色々あるけど……その優しいからよ!」
「…………そ、そう……でも、優しいだけじゃ好きにならないでしょ?」
余りに真っ直ぐな返答に一瞬、面食らったアッシュだったが諦めずに食い下がる。
恐ろしいのは二人とも一切作業を中断させずに話していることだ。
双魔は二人の会話を聞き流しながらまた一枚申請書に署名する。これで残りはイサベルに渡された三十枚だけだ。
「……敢えて言うなら……その、優しさが絶妙って言うのかしら?見ていないようで見ていて……気遣って欲しい時に気遣ってくれて……優しくして欲しい時に優しくしてくれて…………」
「あーーー…………分かる、分かるよ……後、普段はやる気なさげなのにいざという時は頼りになるしね……」
「?双魔君はいつも頼りになるけど…………」
「え?そうなの?遺物科の講義中なんか…………」
「でも、魔術科の講義や演習の時は…………」
「……………………誰だ、こんな読み難い書類作った奴……」
何やら会話が白熱しているようだが作業に集中している双魔の頭には内容はほとんど入って来ず、作りの荒い書類にぼやきながら今日何回目になるか分からない署名を書き記した丁度その時だった。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……
鐘の音が鳴り響いた。休日の時計塔は授業の開始や終了時間を知らせるものではなく普通の時計として機能している。
壁の時計に目を遣ると文字盤の上を歩く短針と長針はそれぞれ三と十二を指している。休憩予定の午後三時ぴったりだ。
「んー…………あー…………じゃあ、休憩にするか、そっちはどうだ?」
双魔は背伸びをして上半身を伸ばすとイサベルとアッシュに声を掛けた。双魔の手元にはまだ数枚書類が残っているが二人はどうだろうか。
「お疲れ様、こっちの作業はもう終わったわ」
「後は棚にファイルを仕舞うだけかな?双魔はどう?終わった?」
「ん……あと八枚くらい残ってるが……」
「やったね!それだけなら今日中に絶対終わるよ!」
気づけば双魔の机の上に聳え立っていた書類の山々は忽然と姿を消していた。
代わりにイサベルとアッシュが作業していた机に分厚いファイルが幾つも姿を現していた。
「もうほとんど終わったようなものね……こんなことになるならお菓子でも作ってくればよかったわね?フフフッ」
「え?ガビロールさん、お菓子も作れるの?」
「ええ、自慢するほどの腕ではないけど……」
「ん?そんなことないぞ?この前のパイはそこらの店で売ってるのとは比べ物にならないくらい美味かったし……」
「へー!そんなに美味しいんだ!僕も食べてみたいな!」
「そ、そんなに褒められると……ああもう!」
「ん、どうした?」
双魔に褒められたイサベルはもじもじと居心地が悪そうに身体を揺らすと背を向けてしまった。
(…………駄目……嬉しくて顔が崩れちゃう!こ、こんな顔!双魔君に見せられないわ!)
褒められた嬉しさが溢れて盛大に表情に出てだらしない顔になっていると思い込んでいるイサベルには双魔に顔を見られないようにするのが精いっぱいだった。
頬に両手を当てて喜びをどうにか抑えようと上下に揉むように動かす。
そんなイサベルを眠そうな目で不思議そうに見ている双魔の肩をアッシュがちょんちょんと指先でつついた。
「ん?」
「…………ガビロールさん、可愛いね!」
「???」
何か分かったような笑みを浮かべているアッシュに双魔は椅子に身体を預けて首を傾げる他なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます