第172話 双魔の衣装合わせ

 イサベルが丁度悶えている頃、双魔は少し疲れた顔でリビングに立っていた。


 「…………」


 目の前には姿見が用意され、その中に映った自分はいつものシャツとズボンではなく、かっちりとした恰好、ワイシャツにスラックス、ベストを身に纏い、その上にジャケットを羽織っていた。


 「んー……この赤いのもええけど…………青いのも捨てがたいわぁ……双魔はどっちがええと思う?それとも別の柄物の方がお洒落?」


 姿見に双魔の胸元にネクタイを当てて難しい表情を浮かべている鏡華が映り込む。


 「…………別に何でもいいだろ……ネクタイなんて」


 評議会で軽いミーティングがあったため学園から帰るのが遅くなってしまった双魔を待っていたのは何故か突然はじまった明後日お見合いに乗り込む時に着る服の衣装合わせだった。


 双魔が今着ているのは、いつの間にか左文が発注していたらしいライトグレーのフォーマルスーツだ。

 採寸した覚えはないのだが恐ろしく自分の身体にフィットしているので、先ほどまで見ていた左文に視線を送ったところ、穏やかな笑みを返されるだけだったので、少し怖くなってしまい、双魔も渇いた笑いを返す他なかった。


 今は見ての通り、左文から鏡華にバトンタッチしてネクタイを選んだり、その他の細かい所を色々と弄られているところだ。


 双魔がつい面倒くさそうにぼやくと鏡華が笑みを浮かべて見上げてきた。その笑みは、時折鏡華が怒った時に見せる”怖い笑み”だった。


 「双魔?イサベルはんの将来が関わってくるんよ?約束したのに……何でもいいなんて……うちの聞き間違い?」

 「…………いや、その…………」

 「まあ?うちも双魔はイサベルはんのお父上には文句なしで気に入ってもらえる思ってるよ?きっと、君がいれば安心だとか言われるはず……やけど、もしもに備えて悪いことなんてないの。双魔も分かるやろ?」

 「…………ん……まあ……な」

 「せやったら双魔も少しは真剣に選んで!うちらは双魔にお勧めはできるけど決めるんは結局双魔なんやから!ここから選んで!はい!」


 鏡華はまくしたてると何処で調達したのか丁寧にたたまれた色とりどりのネクタイが十本ほど入った平らな木箱を何箱もテーブルの上に並べた。


 「あ、ああ…………」


 双魔は鏡華の気迫に押されて戸惑いながら大量に並べられたネクタイを何本か手に取ってみる。しかし、どうもピンとこない、何しろネクタイなど生まれてこの方身に着けたことなど数度しかない。それも用意してあったものを着けただけだ。自分で選んだことなどない。


 (…………誰かネクタイ着けてる知り合いいたっけな……)


 身近な人間からヒントを得ようと目を瞑って思案する。


 父である天全はほとんどノータイで参考にはならない。そして、いつもネクタイを着けていると言えば剣兎だが、謎のこだわりがあるのかいつも派手な孔雀柄のネクタイを着けているのでこれも参考にならない、と言うよりも参考にしてはいけない気がする。


 「…………んー…………」


 相手に与える印象なども上手く想像できずに頭を抱えた時だった。


 「ソーマ、ソーマ」


 大人しくしていたティルフィングが声を掛けてきた。


 「ん?」


 呼ばれて顔を向けるとティルフィングは両手で一本のネクタイを持ってこちらに差し出している。


 「ソーマにはこれが似合うと思うぞ!」

 「……これは……」


 双魔はネクタイを受け取って胸元に当ててみる。ティルフィングが選んだのは黒と赤の幅広ストライプ柄に金糸が入ったものだ。


 姿見に移してみると存外悪くない、と言うかとてもいいように見える。


 試しに一度ジャケットを脱いで鏡華に預けてネクタイを着けてみる。そして、シャツの襟を整え、ベストのボタンを留めてからジャケットを羽織りなおす。


 「……ん、いいんじゃないか?どうだ?鏡華」


 居住まいを正して鏡華の方を向く。すると鏡華は目を丸くした。


 「うん……似合ってる…………ティルフィングはん、えらいいセンスがやなぁ」

 「む?我は双魔に似合うと思ったものを選んだだけだぞ?」

 「ほほほ、流石やね」

 「むふー!」


 双魔は鏡華に褒められてご満悦なティルフィングの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。


 「ん、じゃあ、これで決まりだな。ありがとさん」

 「ふふん!礼には及ばないぞ!」


 ティルフィングが胸を張ったところで左文がキッチンから出てきた。


 「おきまりになりましたか?」

 「ん、こんな感じでどうだ?」


 左文は自分の方に振り向いた双魔を見定めるようにじっくりと見回し、やがて満足そうに頷いた。


 「はい、よくお似合いですよ!坊ちゃま!これでガビロール様に恥をかかせることは万が一にもないでしょう!」

 「ネクタイは我がえらんだのだ!」

 「あら、ティルフィングさんが?坊ちゃまにピッタリです!流石ですね」


 ぴょんぴょん跳ねるティルフィングは左文にも褒められてさらに嬉しそうにしている。


 「それでは、衣装合わせはこれで終わりにいたしましょう。夕餉の準備が出来ましたので坊ちゃまは着替えてらしてください。脱いだものは夕餉が終わったあとにもう一度お預かりしますので」

 「ん、分かった、じゃあ着替えてくる」

 「ソーマ、早くな!」

 「ん、先に座ってていいぞー」


 その後、部屋着に着替えた双魔が戻ってくるのを待って遅めの夕食がはじまった。


 因みにメニューはジャガイモが安く手に入ったらしくコロッケだった。

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