第78話 陰陽頭からの協力依頼

 この家は広いので客間が四つもある。鏡華が指差した客間に向かうと押し入れから座布団を四つ引っ張り出して並べる。どこに座るか迷ったが結局上座に座った。


 「こちらにどうぞ」


 暫くすると鏡華に連れられて昨日会ったばかりのスーツの女性と陰陽寮の制服を纏った真面目そうな角刈りの青年が現れる。


 「伏見さん、昨日は大変失礼いたしました」


 開口一番、紗枝は昨日の非礼を詫びてきた。


 「それはもういいって……そっちの人は初めてかね?」

 「初めまして、自分は幸徳井檀と言います。よろしく」

 「ああ、伏見双魔です。よろしく……取り敢えず座って」


 双魔に勧められて二人は座布団に腰を下ろした。


 「今、お茶をお持ちします」

 「あ、お構いなく」


 鏡華は一礼すると笑顔で下がっていった。


 「ふ、伏見さん、六道家のお嬢様ともお知り合いだったんですね……しかも家に泊まってるって……どんなご関係何ですか?」

 「紗枝さん……」


 紗枝が恐る恐ると言った風に聞くと檀と名乗った男性が真顔でそれを遮った。


 「あっ、すいません……つい」

 「部下が申し訳ない。改めまして、陰陽寮洛中警備課課長、土御門十二分家が一つ幸徳井かでい一門の幸徳井檀です。双魔さんには……いつも妹がお世話になっております」


 そう言って檀は深々と頭を下げた。


 「妹?…………?……ああ、もしかして」

 「はい、幸徳井梓織しおりは自分の妹です」


 よく見ると確かに面影がある。


 「そう言えばよくできたお兄様がいるとか言ってたな……こちらこそ妹さんにはお世話になって」

 「双魔さんのお話は妹からよく聞いています。卓越した魔術の腕をお持ちとか」

 「……そんなことはないと思うんですが」


 褒められて何だかむず痒くなってきたのでこめかみをグリグリして誤魔化す。ついでに檀のことを観察する。


 (この人……できるな)


 剣兎まではいかないが、仕草や魔力の質、流れ方からかなりの使い手と分かる。


 「失礼します。お茶、どうぞ」


 襖が開いてお盆を持った鏡華が客間に入ってくる。


 「どうぞ」

 「ありがとうございます」

 「お心遣い感謝します」


 客人二人の前に茶碗を置くと双魔の前にも茶碗を置いて、その横に座った。


 「あ、そうそう。忘れていました。こちら、皆さんで召し上がってください」


 檀が紙袋から包装された箱を出して机の中に置いた。清水の参道で売られている銘菓だ。


 「これはわざわざご丁寧に……」

 「礼儀を欠かすのは良くありませんからね」


 受け取った菓子を鏡華に渡す。それを受け取った鏡華は檀の方に顔を向けた。


 「お話、うちも聞いてよろし?」


 その妙な圧力に紗枝は少し顔が青くなっている。


 「えーと……課長……」


 紗枝は助けを求めるように檀に声を掛けた。檀は平然としている。


 「ええ、構いませんよ」

 「おおきに」

 「ん、じゃあ本題を聞こうか。用件は?」


 檀、紗枝の表情が途端に険を帯びる。どうやらなかなか差し迫った話のようだ。


 「単刀直入に言います。我々に協力していただきたいのです」


 檀は硬めの声でそう言った、顔は至って真剣だ。紗枝も同じような表情をしている。


 「…………」


 双魔は目を閉じてお茶を啜って一拍置いた。その様子を見て紗枝がごくりと喉を鳴らした。


 「…………例の怪異の話か?」

 「は、はい!」


 紗枝を見るとゆっくりと頷いた。その声はすこし上ずっている。


 「詳しい話は自分が」

 「お願いします」


 茶碗を置いて檀の方を見た。


 「昨日の夜のことです。警備班に剣兎さんに加わっていただいて、殺人を起こしている怪異と遭遇しました。一応、奇声の方も出現したのですが……そちらは結局逃げられてしまいました」

 「ん、それで?正体は分かったんですか?」

 「いえ、残念ながら。自分は一瞬姿を見ただけなのですが……長剣を佩き、仮面を被った死人のような肌の大男でした」

 「仮面を被った大男ね……」

 「はい、剣兎さんが戦闘不能に陥らせてあと一歩のところまでは追い詰めたのですが……」

 「ですが?」


 双魔が聞き返すと黙っていた紗枝が厳しい表情で唇を噛みしめた。檀も沈痛な表情を浮かべる。


 「自分たちが駆けつけた途端に大男は急変、瘴気を爆発的に吹き上がらせて救援に来た風歌一門の陰陽師たちに襲い掛かりました……剣兎さんはそれを庇って……」

 「……そうか、で?剣兎の容態は?どうせ生きてるんでしょう?」


 双魔は少し渋い表情を浮かべた。が、それだけで静かに剣兎の容態を問うた。


 「はい、腹部をやられて右腕を中心に数か所骨折していますが、執金剛神の真言を唱えていたようで大事には至っていないようです。意識もあるとか」

 「そうか」


 剣兎がやられたと聞いたときは少しヒヤッとしたがそう簡単に死ぬ玉ではない。いつの間に固くなっていた身体から安心したことで力が抜けた。


 「で?何で俺のところにお鉢が回ってくるんですか?剣兎に言われましたか?」


 初めから抱えていた疑問を二人に投げ掛ける。剣兎は情報共有等は持ちかけてくるが直接的な協力を求めてくることはほとんどない。誰の差し金かは確かめておきたかった。


 「それについては……紗枝さん」

 「は、はい!こ、こちらを」


 鞄から一枚の封筒を取り出して両手で双魔に差し出した。


 取り敢えず封筒を受け取る。透かして見ると一枚紙が入っているだけのようだ。


 「これは?」


 檀に顔を向けて訪ねる。檀は双魔の問いに表情を全く変えることなく驚くべきことを淡々と言い放った。


 「従一位、陰陽頭、安倍氏嫡流土御門宗家五十四代当主、土御門晴久様から双魔さん宛ての書簡です。内容は確認していませんが……これを渡して力を貸してもらいなさい、と」

 「…………は?」


 差し出し人の名前を聞いて双魔の口からはその一言しか出てこなかった。土御門の当主から一介の魔術師(双魔の場合は遺物使いも兼ねているが)手紙を貰うなど尋常ではない。


 土御門晴久、世界四位の地位を保持し、日ノ本のの魔術界を統べる”言霊の支配者”。


 父、天全の友人である故に面識はあるが、直接何かを頼まれたことなど一度もない。


 「まずは、中身をお確かめください」


 茫然としている双魔に檀が声を掛ける。


 「あ、ああ……」


 我に返った双魔は中身を傷つけないよう、丁寧に封筒の端を破って手紙を取り出す。そして、恐る恐る手紙を開いた。


 「これ、うちも見ていいの?」

 「はい、問題ありません。晴久様も六道のお嬢さんが見たいと言ったら見せてあげなさいと、おっしゃっていました」

 「そ」


 短く返事をした鏡華は双魔の持つ手紙を覗き込んだ。


 「…………」

 「…………」


 暫く二人で黙って手紙を読み進める。毛筆による流麗な字で紙に綴られている。


 「お茶、いただきます……ズズッ」

 「…………」


 檀は出されたお茶を取り乱すことなく啜っている。その隣で紗枝はガチガチに固まっている。


 手紙を読み終えると双魔と鏡華は神妙な表情で顔を見合わせ、そのまま苦笑いを浮かべた。そして、手紙を閉じて机の上に置くと二人の陰陽師と向き直った。


 「……何が書いてあったかお聞きしてもいいですか」


 紗枝が緊張による棒読み口調で手紙の内容について聞いてきた。


 「……ん、まあ……そんなに大それたことは書いてない……よな?」

 「うん……そやね」

 「?」

 「?」


 檀と紗枝は不思議そうな顔をしている。双魔たちの反応が予想していたものと少し違ったのだろう。


 双魔と鏡華もまた、予想外の内容で反応に困っていたのだ。


 内容は至って真面目だったのだが、如何せん態度が砕けすぎていた。晴久からの手紙の内容を要約すると以下のようになる。


 『双魔くん、お久しぶり。しばらく会っていませんがお元気?年明けとか家に遊びに来てね。帝にご挨拶したら後は分家に任せて私、暇だし。


 あ、そうそう、最近契約したと噂の遺物さんに私も会ってみたいからね。そう言えばこの間、君のお父さんとお母さんに会いました。天全は相変わらずお嫁さんにぞっこんで面白いよね、いや、本当に。


 天全に双魔くんが帰ってくるから何かあったら遠慮せずにこき使ってやれ、と言われたので手紙を書いた次第です。


 というわけで、お願いなんだけど今回の怪異二つの解決に力を貸してください。ぶっちゃけ、宮中祭祀関連が忙しすぎて風歌、幸徳井、賀茂の三家くらいしか動かせません。剣兎もやられちゃうし……後でお仕置きだな。


 ってことで檀に力を貸してあげてね。よろしく。出来れば明後日の夜明けまでによろしく。剣兎も意識はあって話はできるみたいだから、詳しくは剣兎に聞いてね。


 お礼は後で考えます。取り敢えずお年玉は弾むよー。あ、六道のお嬢さんと一緒でもいいよ?ということで改めてよろしくね!』


 この内容をそのまま伝えると威厳もへったくれもない。困った顔をするほかない。


 「内容は大晦日の日の出前までに解決したいから協力して欲しいというものだ。これは承ります。鏡華もそれでいいか?」

 「うん、ええよ」

 「ありがとうございます!それでは今夜からお願いします」


 檀は勢いよく頭を下げる。それを見て緊張が抜けきっていない紗枝もぎこちなく頭を下げた。


 「じゃあ、午後の三時ごろに陰陽寮にお邪魔します」

 「お願いします。それでは失礼いたします。紗枝さん行きましょう」

 「は、はい」


 二人は立ち上がって客間を出る。それを見送るために双魔と鏡華も立ち上がった。


 玄関へと向かう途中、不意に紗枝が双魔に近づいて耳元に口を寄せてきた。


 「伏見さん、伏見さん」

 「ん、なんだ?」


 小声で話しかけてくるので、双魔も思わず声を潜める。


 「六道さん……何か怒ってませんでしたか?」

 「ん?そんなことないと思うけどな……」

 「そ、そうですか?私の気のせいならいいんですけど……」


 そうは言われても鏡華が怒っている風には見えない。そう思って後ろにいる鏡華の顔をちらりと見る。


 「?……」


 視線に気付いた鏡華は笑みを浮かべる。が、確かに何となくぎこちない感じがした。


 「紗枝さん、行きましょう」

 「は、はーい!すいません、私の気のせいみたいです。それでは!」


 すでに靴を履いて外に出ている檀を追いかけて慌ただしく外に出ていく。


 「お邪魔しました」

 「お邪魔しました!」


 そうして二人は六道家を去っていった。


 「なんや、騒がしい人やったねぇ」

 「ん、そうだな……さて、じゃあ、ティルフィングたちに事情を話して俺たちは出掛けるか」

 「え?出掛けるって……」

 「ん?おせちの材料。買いに行くんだろ?」

 「……ええの?お仕事は?」

 「三時に着けばいいんだからそれまで暇だろ?丁度いい時間だし、ついでに昼飯も食っていこう」


 スマートフォンで時間を確認すると時刻は十一時三十七分。一番近い飲食店まで歩けば、時計の針が真上で重なるころには到着するだろう。


 「……双魔……うん、せやね!」


 鏡華は満面の笑みを浮かべる。その笑顔から先ほどまでのぎこちなさは消え去っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る