第77話 デートの予感と予期せぬ来客
「おー、ソーマ!おはようだ!」
「ん、おはようさん……っとと」
居間の襖を開けるとティルフィングが元気に飛び込んでくる。足を踏ん張ってしっかりと受け止める。
「坊ちゃま、おはようございます。鏡華様、起こしてきて下さってありがとうございます」
「ん、おはようさん」
「う、うん……」
「……お二人ともお顔が赤いようですが……どうかなさいましたか?」
顔に上った血が引ききっていなかったのかお櫃と杓文字を持った左文が二人を見て首を傾げる。
「ん、何でもない。気にするな」
「…………」
双魔が素っ気なく答えると、鏡華も数回首を縦に振ってそれに同意した。
「はあ……そうですか……」
「左文!左文!早くご飯にしよう!」
「そうですね。坊ちゃま、鏡華様もお座りください。朝餉にいたしましょう」
「ん」
「うん……せやね」
四人でちゃぶ台を囲む。ちゃぶ台の上には鯵の干物、漬物、納豆などが並べられている。真ん中に置かれたコンロの上の鍋には味噌汁が入っているのだろう。
「坊ちゃま、ご飯はどれくらいにしますか?」
「ん、普通で」
「かしこまりました……はい、どうぞ」
ご飯茶碗に炊き立てのお米を柔らかく他所って双魔に差し出す。
「ん、ありがとう」
「鏡華様は?」
「うん、うちも普通で」
「かしこまりました、ティルフィングさんは……」
「大盛だ!」
「フフフ、そうですよね」
左文が鏡華とティルフィングの分もご飯をよそって茶碗を渡した。そのまま、空いた方の手で鍋の蓋を開ける。もわっと広がる湯気と共に出汁と味噌のいい匂いが漂う。
「はい、お味噌汁も温まりましたね」
杓文字を置くとテキパキと全員分の味噌汁をお椀によそっていく。具はほうれん草と油揚げ、それに木綿豆腐だ。
そして、四人全員に味噌汁がいき渡ったと同時に襖が音もなく開き、浄玻璃鏡が居間に入ってきた。
「あら、おはようございます」
「おはようだ!」
「ん、おはようさん」
「ああ……よい……朝だな」
浄玻璃鏡はゆったりとした動きで居間に入ってくると昨日と全く同じ位置に、全く同じ姿勢、表情で座った。
その様子を鏡華はまるで珍しいものを見たかの表情で見ている。
「玻璃、朝ごはんの時間に来るなんて……どしたん?いつもは来いひんのに」
「……客人に……非礼は……しない……つもりだ……左文字殿……此方にも……味噌汁を……」
「はいはい、かしこまりました」
左文が余っていたお椀に味噌汁を注いで浄玻璃鏡の前に置いた。
「……かたじけない」
「それでは、いただきましょうか」
「うむ!いただきます!」
「いただきます」
「ん、いただきます」
「……いただこう」
各々好きな物から手を付ける。鏡華と左文、浄玻璃鏡は味噌汁。ティルフィングは最近お気に入りの納豆を一生懸命かき回している。
(……さてさて、干物から頂こうかね)
双魔は鯵の頭の付け根辺りの太い骨を箸で切ると、手を使って器用に骨を剥がす。皿の空いたところに剥がした骨を置くと、身に箸を入れて一口。ふわりと焼きあがった干物の食感と程よい塩気、魚の味が堪らない。続いてご飯を口の中入れた。美味い干物に、炊き立てのご飯が合わない訳がない。
(……うん、美味い)
双魔が朝の幸せを噛みしめている一方、鏡華と左文は味噌汁談議に花を咲かせていた。
「左文はん、このお味噌汁うちが作るのと少し違うけど美味しいね……どうやって作ってるん?」
「鏡華様がお作りになるときは白みそだけですか?」
「うん、そやねぇ……お豆腐も絹ごしやし」
「そうですか。私は白みそを基本にほんの少しだけ赤みそを入れています。お豆腐は木綿豆腐です……そうした方が坊ちゃまがお喜びになるので」
「双魔が…………左文はん」
「フフフ……はい、後程お教えしますね」
「ありがとう!」
さらにもう一方、遺物組は黙々と目の前の料理を食べている。
「おお……納豆は混ぜれば混ぜるほど滑らかになるな……うむ!美味だ!」
「…………」
それを横目に双魔は大根の漬物を口に放り込む。ポリポリとした歯ごたえと塩気、大根の甘さにご飯が進む。
そうして、朝食の時間は静かに過ぎていった。ティルフィングが何度もお代わりをしたのでお櫃の中一杯に詰まっていたご飯は一粒残らずなくなってしまった。
今は鏡華の入れてくれた食後のお茶を啜っている。
『洗い物はうちがするよ?』
『いえいえ、宿泊させていただいているのですから私が。鏡華様は皆さんにお茶を淹れてさしあげてください』
鏡華の申し出をやんわりと断った左文は台所で鼻歌を歌いながら食器を洗っている。
畳の上に置いてあった今日の新聞を取ろうとするとそれを遮るように鏡華が近づいてきた。
お茶を淹れてから姿が見えないと思っていたら着替えてきたらしい。
今日は流水柄の
「ねえ、双魔」
「ん?」
「今日は……その、何か予定はあるん?」
双魔の機嫌を窺うように上目遣いで見つめてくる。
「いや、俺の予定はないけど……何か用事があるなら付き合うぞ?」
双魔の返答に鏡華の暗褐色の瞳が喜色が帯びて光輝いた。
「ほんまに!?」
「ん、どうせ暇だからな」
「嬉しいわぁ……そしたら
確かにおせち料理の準備をはじめるとしたら今日あたりだろう。
「烏丸か……分かった」
「む?ソーマ、出掛けるのか?我も行きたいぞ!」
話を聞いていたのかテレビを眺めていたティルフィングが膝に乗ってくる。
「ん、ティルフィングも来るのか」
「うむ!」
双魔に頭を撫でられながら笑顔で頷くティルフィング。
「…………」
それを少し、ほんの少し残念そうな表情を浮かべる鏡華。
そんな鏡華に助け船を出す者がいた。
「ティルフィングさんはここで私とおせち料理の下準備をしていましょうか」
割烹着を脱いだ左文が紙袋片手に台所から戻ってきた。
「む?おせちとはなんだ?」
「それも説明してさしあげますよ。上総介様から頂いたかすていらもありますし……私と浄玻璃鏡さんの三人でお話でもしていましょう」
そう言うと紙袋から桐箱を取り出して蓋を開ける。中には高級そうなカステラが一本入っていた。
「む、むむむ……」
ティルフィングはカステラを見て難しそうな顔をしている。つい最近にも同じようなことがあった気がする。
双魔は苦笑するとティルフィングの髪をもう一度優しく撫でた。
「何かあったら呼ぶから……左文たちと話しててもいいぞ?ん?」
「し、しかし……」
「大丈夫だ……気にするな」
「そ、ソーマ、すまぬ!」
「ん、いい子にしてろよ」
ティルフィングの頭をさらに撫でる。難しそうな表情から一転、今度は気持ちよさそうな顔をしてゴロゴロと猫の様に双魔に身体をこすりつけている。
「…………」
鏡華は双魔に気付かれないようにホッと息をついた。
せっかく、双魔が帰ってきたのだ。出来ることなら二人きりで出掛けたい、詰まる所デートがしたい。
鏡華は大日本皇立魔導学園に通っている。この年頃の学生が意中の相手とのデート等の話題を話さないわけがない。
鏡華も決して多くはない友人の話を聞きながら双魔との逢瀬を想像して顔を火照らせ、身体をくねくねと捩じらせたりしていたのだ。このチャンスを逃す訳にはいかなかった。
ふと、左文と目が合った。
「……」
鏡華の意中を察してか左文は目配せをして見せた。
「……ありがとう」
小さな声で左文に礼を言うと、左文はそれに微笑みを浮かべて返してくれる。何となく、そのまま浄玻璃鏡の方を見ると彼女も口元を僅かに曲げていた。
「ん、出掛けるにはいい時間だな……そろそろ準備して出発するか」
双魔はティルフィングを膝の上から降ろして立ち上がった。時計の針は十時少し前を指している。双魔の言う通り出掛けるには丁度いい時間だろう。
「うん、せやね」
それに続いて鏡華も立ち上がる。表面上は平静を保っているがその心中推して知るべし。
(つ、ついにうちもう、噂のデートを…………旦那はんとデート……ど、どないしよ!)
思考がまとまらずグルグル回転し頭が熱くなって何だかよく分からなくなってきた。
ピンポーン……ピンポーン
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。その音で鏡華はこちら側に帰ってきた。
「ん?届け物か?」
「なんやろね?うちが出るよ。はーい」
廊下をパタパタと足音を立てながら玄関に向かう。
引戸の磨りガラスの向こうには人影が二つ。一人は女性、もう一人は男性のようだ。
「どちら様?」
聞いたことのない声だったのでガラス越しに名前を尋ねる。
「失礼しました。私、陰陽寮洛中警備課所属、第十四班班長の花房紗枝と申します。こちらに伏見双魔さんがご滞在しているとお聞きしたのですが……」
「あらぁ、双魔のお客さん?少し待っとくれやす」
「はい!お取次ぎをお願いします」
居間で待っていると鏡華が戻ってきた。
「双魔、双魔のお客さんやったよ。陰陽寮の花房さんって。知っとる?」
「花房……」
脳裡に昨日自分を捕縛したメタルフレームの眼鏡な似合う知的な顔と、その後見せたワタワタと慌てる姿が蘇る。
「ん、知り合いだ」
「そ、なら、上がってもらおうか。双魔はそっちの客間で待っとって」
「ん」
双魔は鏡華に言われた通り、来客を迎えるために客間に向かうのだった。
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