第41話 抜かずの姫騎士

 ハシーシュが警備員の前から去った頃、闘技場内では第三ブロックの勝者が決まる間際であった。


 所々崩れた舞台の上に、候補者は二人しか立っていない。


 一方は長柄の槍を手にした中華系の男子生徒。


 もう一方は、小柄な女子生徒だ。胸元の辺りまで伸ばしたストロベリーブロンドの髪が差し込んだ太陽光に煌めいている。


 奇妙なことに、女子生徒は鞘に収めたままの長剣を両手で握り正眼の構えをとっている。


 二人はジリジリと動きながらお互いの隙を伺っている。


 「あの一年、随分と変わった戦い方するな」

 「うん……あの子、かなり強いよ。もしかすると……もしかするかもしれない」


 双魔の考えていたことをアッシュが言葉にする。


 今、舞台上に立っている男子生徒の名はレスリー=ヂャオ。


 後漢末期の混乱期における中華の英雄たちの勃興を記した書物、『三国志』において劉備玄徳に仕え、蜀漢を支えた勇将、趙雲子龍の子孫にして先祖の槍である涯角槍がいかくそうに認められた槍術の達人だ。


 このブロックで最も勝ち抜けを期待されていた猛者である。


 レスリーと打って変わって女子生徒の名はシャーロット=リリーというらしい。


 手にした剣も鞘に収められたままで正体は定かではない。


 ただ、その実力は本物らしく、ここまでライバルを一人一人丁寧に殴り倒している。


 「いったい、何者なんだ?あの子……」

 「まさかシャーロットがあんなに強い子だったなんて……」


 そんな声が観客席からチラホラ聞こえてくる。


 双魔やアッシュだけではなく、他の生徒からも知られていないことを鑑みるに、まさにダークホースという言葉がふさわしい存在だ。


 そして、ついに二人が動いた。先に動いたのはレスリーだった。


 「シッ!」


 大きく一歩踏み込み、凄まじく鋭い突きを繰り出した。穂先は剣気を纏いシャーロットに襲い掛かる。


 相手を捉えたとレスリーは確信した。自分の遺物は先祖代々伝わる無双の槍。中華において槍は”兵器の王”と称される。剣などに後れは取らない。磨いてきた自分の腕にも絶対の自信を持っていた。


 しかし、そうはならなかった。


 「ッ!」


 槍の穂先がシャーロットの身体を捉える寸前、彼女はその身を後ろに反らせてブリッジの態勢で攻撃を回避したのだ。剣気が掠ったせいか制服が胸元から破れてしまっている。


 シャーロットは破れた制服に一切気を取られることなく身体を斜め前に戻し、その反動でレスリーの腹部に突っ込んだ。


 「しまっ!?……グフッ!」


 突き出した槍を戻す間に生じる僅かな隙を突かれたレスリーは剣の柄による当身をまともに喰らってしまい悶絶。その場に静かに倒れ起き上がることはなかった。


 そして、シャーロットはややフラつきながらもしっかりと二本の足で立ち上がった。


 『こ、これは大番狂わせが起こったっスーーー!第三ブロックを勝ち抜けたのは一年生のシャーロット=リリーさん!ここに遺物科の超新星爆誕‼』


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 大番狂わせに観客席からは今日一番の歓声が上がった。


 シャーロットは剣を抱いて胸元を隠しながら照れ臭そうに観客に手を振って応えていた。


 そうこうしているうちにレスリーが目を覚ます。


 彼はよろよろ立ち上がってシャーロットに握手を求めた。


 シャーロットが握手に応えるとさらに大きな歓声が上がる。二人が舞台から去ると救護班に加えて魔術科の生徒が何人か出てきて壊れた舞台の修復を始めた。


 『それでは、舞台の修復が終わり次第、第四ブロックを開始するので候補者のみなさんは準備をお願いするっス!』


 観客の声援にも負けないアメリアの元気な声が闘技場内に響き渡った。


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