第42話 虹輝く偉丈夫
アメリアのアナウンスを合図に第四ブロックの候補者たちが控え室からぞろぞろと出てくる。その様は傍から見ても異様な雰囲気だった。
「…………おい、アッシュ」
「うん……言いたいことは分かるよ」
双魔は冷めた目で候補者たちを見つめ、アッシュも苦笑いする他ないようだ。他のギャラリーたちも概ねアッシュと同じ反応である。
『ほえー、第四ブロックの候補者のみなさんは素晴らしい筋肉をしている人ばっかりっスねー!』
アメリアがマイク越しに漏らした感想に同意した観客の生徒たちがうんうんと頷く。
そうなのだ。第四ブロックの候補者たちの大半が何故か筋骨隆々とした大男ばかりなのだ。
パツパツになった制服は大胸筋に押し上げられてボタンが悲鳴を上げている。それぞれの手には槌や斧、大剣といった如何にもな遺物が握られている。
「おおー!ムキムキのやつばかりではないか!」
ティルフィングもアメリアと感性が近いのか喜んでいる。
アメリアの言葉に気をよくしたのか何人かはポージングを披露している。
『おっと、舞台の修復が終わったようっスね。候補者のみなさんは舞台の上にどうぞっス!』
総勢四十人を超える偉丈夫たちとその他の候補者たちが舞台の上に上がりそれぞれが構える。数人混じっている女子生徒たちは可哀想なことにプルプル震えている。
(……第四ブロックじゃなくてよかった……これだけはクジ運に感謝だな)
双魔はそう思わずにはいられなかった。何というか空気が濃い気がする。
『では、第四ブロック…………始め!』
アメリアの声で舞台の上の候補者たちは一斉に動き始める。まず初めに数少ない女子生徒たちが何かをすることもなく軽い当身を喰らわされて気絶。脱落していった。
「…………みんな、紳士だね」
「ん」
アッシュの言葉通り。どうやら肉体を鍛え上げている奴に悪い奴はいないようだ。
「「「ぎゃあああああー!」」」
次に残っていた線の細い男子生徒が場外に為す術なく吹き飛ばされた。皆、一様に気絶して救護班に運ばれていった。
そして、舞台の上に残るのが筋肉男たちのみになったその瞬間から修羅場が始まった。
「フンッ!」
「フンガァッ!」
「ッシャ!オラァ!」
槌と斧、剣、そして鍛えに抜かれた肉体と肉体が激しくぶつかり合う。交錯する剣気の余波で舞台にひびが入り徐々に壊れていく。
複数人で戦うことなく皆一様に一対一の戦いを貫いている。その中で、一人他者を圧倒する男がいた。
その二メートルを越える熊のような偉丈夫は虹色に輝く刃の大剣を背負い素手でライバルたちを蹴散らしている。
「シッ!」
「「グホッ!」」
放たれた異常なほどに重い一撃で筋肉自慢が二人吹き飛んだ。
「フッ!」
今度は蹴り一撃で四人が吹っ飛んだ。
「く、クソ!卑怯なのは好かないがここは協力するぞ!」
「「「おう!」」」
脅威を察したのか四人の候補者が一斉に攻撃した。流石にひとたまりもないかと観ている者たちは思った。しかし、攻撃を喰らったはずの男、フェルゼン=マック=ロイは眼鏡のレンズを輝かせて立っていた。
振り下ろされた剣や斧はなんと片手で受け止められていた。そして、不思議なことに槌はフェルゼンの手前で地面にめり込んでいる。
「ぐっ……動かん!」
「な、何なんだこれは!」
「くそっ!動け!……動けっ!」
フェルゼンに攻撃を仕掛けた候補者たちは何とか逃れようとジタバタするが全く動くことはできない。彼らの様子を見てフェルゼンは一笑した。
「フッ!俺の契約遺物の能力を知らずにかかってくるとは……愚かなり!」
「「「ぐあああああああ!」」」
そして五人をまたもや場外へと放り投げた。
その様子にギャラリーの熱はかなり高まった。
『フェルゼン=マック=ロイさん!まさに、まさに剛力無双!次々とライバルを投げ飛ばしていくっス!』
放送席では堪え切れなくなったのかアメリアがマイクを手に立ち上がっている。
「………あれはまさか重力を操っているのか?」
「うん、カラドボルグさんは重力を操る能力を持っているんだ」
双魔の疑問にアッシュが答える。なるほど、フェルゼンを注視すると身体全体が虹色の薄い膜のような剣気に覆われている。あれのお陰で怪力にさらに強化を加えたり、相手の攻撃を無力化しているのだろう。
「では、そろそろ決めさせてもらおうか!」
舞台に残る候補者たちがある程度減ったと判断したのだろう。フェルゼンは背負ったままだったカラドボルグに手を掛けた。
その様子を見て残っていた候補者たちは身構える。
フェルゼンはカラドボルグの柄を両手で握ると雄叫びと共に思いきり横に薙いだ。
「オオオオオオオオオオオ!”
カラドボルグから放たれた七色に輝く剣気の波は舞台上の候補者を吹き飛ばした。全員が声を上げる暇もなく場外に弾き飛ばされる。
周りを見回し、立っているのが自分だけになったことを確認してからフェルゼンは握り拳を作って堂々と頭上に掲げた。
『第四ブロックの覇者がここに決まったーーーーーー!圧倒的実力ですべてを吹き飛ばしたのは!三年生のフェルゼン=マック=ロイさんだああああー!』
わああああああああああああああああああ!
巻き起こった歓声を背にフェルゼンは悠々と舞台を去っていった。
「…………さて」
双魔は気だるげに立ち上がった。
「ついに双魔の出番だね!僕と一緒に評議会役員をやるんだからね!」
アッシュが鼻息を荒くする。それを見てアイギスが微笑んだ。
「双魔がいると楽しそうね。私も応援してるわ。ティルフィング、必ず双魔を勝たせるのよ?」
「むぐむぐむぐ……ごくん……うむ!我に任せておけ!」
ティルフィングは口の中に詰め込んでいた最後のマドレーヌを飲み込むと立ち上がった。
「んじゃあ、行くか。ティルフィング」
「うむ!」
双魔はティルフィングの手を引いて控室へと向かった。
「頑張ってねー!」
アッシュの声が階段を下りるまで後ろから聞こえていた。
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