第14話 一件落着、乙女の疑念

 その後、アメリアが連れてきた錬金技術科の医療魔術師にイサベルを預けて、演習が終わらなかった生徒には後ほどレポートを提出するように指示を出して授業はお開きになった。


 それから魔術科棟に寄って課題の受理の手続きをした後にティルフィングとの約束を守るために学園内のカフェテリアを訪れてショーケースの端から端までケーキを頼むというとんでもない注文方法でティルフィングにケーキを食べさせた。ホクホク顔のティルフィングが注目を集めたのは言うまでもないことだ。


 満腹になったティルフィングを左文に迎えに来てもらい一人になった双魔は錬金技術科棟の地下の一室にいた。


 …………カリカリカリカリ。


 ペンが紙の上を走る音に意識が少しずつ覚醒していく。


 (あ……れ?わたし……)


 ぼんやりと開いた目には何処かの天井が映る。背中にはフカフカと柔らかい感触。どうやら自分はベッドに横たわっているらしい。


 枕元には誰かがいるらしく穏やかな魔力が感じられる。


 (なんだか安心する……)


 段々と靄掛かった思考がクリアになってくる。


 (私……闘技場で演習をしていて……それで…………っ!)


 イサベルは全てを思い出し勢いよく状態を起こした。


 「ん、起きたか」

 「……え?」


 頭を横に向けると双魔が何か書き物をしながら渋い顔をしていた。


 「何があったか覚えてるか?」


 手元の紙束に目を落としたまま双魔が聞いてくる。


 「え、ええ……私魔力が制御出来なくて」

 「ん、調子が悪いなら最初から言っておけ」


 そう言うと双魔はペンと紙束を置いてイサベルの方を見るとゆっくりと顔に手を伸ばした。


 「え?……え?双魔……君」


 イサベルは思わず目を瞑った。普段は奥底に眠っている乙女心がそうさせた。


 (ななな!何をされてしまうのかしら!?私!)


 胸が早鐘を打ち、体が強張る。変に身構えた身体が感じたのは額に優しく触れられる感覚だった。少し冷たくて心地いい。激しい動悸をどうにか収めながらゆっくりと眼を開くと双魔が額に触れていた。


 「まだ熱があるみたいだな」

 「だ、大丈夫です」


 そう言って起き上がろうとしたが額に当てられた手に押さえられてゆっくりと枕まで頭を戻されてしまう。


 「いいからまだ寝てろ」

 「は、はい」


 双魔は大人しく横たわったイサベルに満足したのか再びペンと紙束を手にして作業を始めた。


 しばらく沈黙が続き紙の上をペンが滑る音が木霊する。


 「今日は……ごめんなさい」


 ポツリとイサベルが言った。


 「んー?」


 双魔はこちらを見ないが聞いてはいるようで気のない返事を返した。


 「調子が悪いわけではなかったんですがいきなり身体が熱くなって……」

 「……ん」

 「双魔君のことですからしっかりと後始末もしてくれたんですよね…………」

 「……ん、まあな」

 「普段あんなにもてはやされてますけど……本当は私……」

 「ん、終わった」


 イサベルの言葉を遮るように双魔はバサッと紙束とペンを置いた。


 「そんなに卑屈になるなよ。お前は優秀な魔術師だから安心しろ。ただ……」

 「ただ……なんですか?」


 「あんまり無茶はするな。それができれば卒業後正式に魔術協会に登録されたらすぐに“導師”。その後も”枢機卿”まで一直線だ」


 ”導師”とは世界の魔術師の上から五百名が叙せられる称号。”枢機卿”は上位百人が叙せられる称号である。イサベルはそのレベルを当然とまで期待される逸材だ。


 普段あまり見せない双魔の笑顔をみてもやもやと感じていた不安が消えていく気がした。


 「……はい」


 顔を綻ばせたイサベルを見て双魔はこめかみをグリグリとするのであった。


 それから双魔はイサベルを寮まで送ることにした。遠慮していたイサベルも珍しく押しが強い双魔に渋々承知した。


 イサベルの住む寮は学園から近いのですぐに着いた。


 「今日はご迷惑をおかけしました」

 「ん、まあ、あんまり気にするな」

 「はい……それではおやすみなさい!」


 そう言って足早に寮へ入ろうとしたイサベルを双魔が呼び止めた。


 「そういえば授業が終わったら聞きたいことがあるって言ったよな?今答える。何だったんだ?」

 「……え?」


 その言葉にイサベルは硬直した。イサベルも今の今まで忘れていたがそんなことを言った気がする。聞きたい内容も覚えている。一瞬躊躇ったが双魔に弱みを見せたせいで無意識に大胆になっていたイサベルは疑問を口にした。


 「あの……今日双魔君が連れていた女の子は誰なんですか?」


 聞かれた双魔は思わずポカンとしてしまった。


 「ん?聞きたいことってそれか?」

 「はい、いけませんか?」

 「いや、悪いことはないが」


 なぜそんなことを聞くのか理解できなったが妙に真剣なイサベルに対して「否」ということもできそうにない。それに特に隠すようなことではない。イサベルも魔術師として何か感じることがあったのだろう。


 右手でこめかみをグリグリしてそのままイサベルに右手を差し出した。


 「ん」

 「え?なんですか……そういえばどうして右手に手袋を嵌めているんですか?前はしていませんでしたよね?」


 双魔は首を傾げるイサベルに手袋を外して手の甲を見せた。


 それを見てイサベルは眼を見開いた。


 「え…………まさか」

 「そういうこった。疑問は解消されたか?」

 「は、はい……なんだそういうことだったのね」

 「ん?何か言ったか?」

 「いえ、何でもありません。今日は本当にありがとうございました!おやすみなさい」

 「ん、さっさと寝ろよ」


  軽い足取りで寮に入っていくイサベルに首を傾げながら双魔も帰路についた。


 (……それにしても)


 双魔は昼間のティルフィングを思い出す。おそらくあの時見せた力は膨大なものの片鱗に過ぎないだろう。


 (神話級遺物……か)


 一瞬でイサベルのゴーレムを屠ったあの力は確かに神話級遺物のものだった。


 (あれを制御するのも契約者の使命……また何とも面倒な)


 そんなことを考えながら一人夜道を歩いた。


 帰宅すると双魔を待っていたのかティルフィングが食卓で足をぶらぶらさせていた。


 双魔が目に入ると笑顔で駆け寄ってくる。


 「ただいま」

 「うむ、おかえりだ!」


 その姿を見て胸の奥に沈殿した何かがさらさらと何処かに流れていった気がした。


 窓から見える月が澄んだ空気に浮かびいつもより大きく見える夜であった。


 一方、帰ってきたイサベルが珍しく鼻歌を歌ったり、とっておきと言っていた茶葉を出すなど妙に機嫌がいい姿を見て梓織が得心したように小さな笑みを浮かべたのは余談である。

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