第13話 双魔の実力

 「次―、おーい次誰だー」


  そう言うと誰かと話していたらしいイサベルがスタスタと前に出てきた。


 「わ、私です」

 「お、ガビロールか。じゃあ、準備して撃ってくれ」


 そう言ったがイサベルはすぐには動かずに双魔の顔を見つめてきた。


 「ん、何だ?」

 「授業が終わったら聞きたいことがあります」

 「ん、分かった」

 「ありがとうございます」


 そう言うとイサベルは所定の位置についた。


 (……魔力が乱れているような気がするが)


 少しイサベルの様子に違和感を感じたが本人はなにも言及してこなかったので双魔はそのまま帳簿を開きペンを持って評価の準備をした。


 イサベルは紅い宝石を取り出してそれを握り詠唱をはじめた。


 「我、神の御業を写しし者、汝命を吹き込まれし物……」


 (あの子は双魔君の何なのかしら……)


 詠唱を紡ぎながら先ほどの会話が頭の中で蘇る。


 (ないとは思うけれど……もし本当に許嫁だったら……)


 イサベルの魔力は意識しないうちに荒ぶっていた。


 (……ん?)


 「む」


 その様子に気が付いたのは双魔と、離れて見ていたティルフィングだけであった。


 ガビロール家の秘術は己の魔力を蓄積させた物を核として疑似的な生命“ゴーレム”を生み出して使役するものだ。ゴーレムの身体は様々な物質で構成することが可能である。

 今回の行使においては闘技場の土を使うと予想できた。が、イサベルの様子が常時と異なっていることが双魔を警戒させた。彼女は無意識なのか詠唱を続ける。


 「原初の骸に果てし汝に力を授けよう、神をも犯す爪牙を与えよう」


 詠唱が進むとともに地面が蠢動し、紅玉を放すと土が引き寄せられ巨躯を形作っていく。


 その様子を見ていた生徒たちからは歓声が上がる。


 「汝が名は“偽・大地竜ゴーレム・ドラゴン・ラ・ティエッラ”!」


 イサベルが高らかに告げるとともに土塊の竜がその身を完成させる。全長は十メートルはあろうその身体は一般に想像される竜と異なり巨大なトカゲのようだ。翼は持たず後頭部に二本、鼻先に一本猛々しく鋭い岩角が生えている。


 「やりなさい」


 イサベルは右手を前にかざし命令を下した。


 核となった額の紅玉が光るとともに地竜は開眼する。そして眼が鈍く紅い光を放つ。


 「ブオオオオオオオオオォォオ‼」


 身体に響き渡るような重低音の雄叫び上げ地を揺らしながら的に向かって突進していく。その動きは鈍重に見えるその姿に反してかなりの速さだ数秒と掛からずに的に衝突し粉々に吹き飛ばした。後ろで見ていた生徒たちから更なる歓声が上がった。


 「うおお‼すげー!!」

 「さすがガビロールさん!!」

 「素敵―!」


 (……また腕を上げたか、やっぱり逸材だな)


 目も当てられない状態になった的を一瞥してからイサベルの評価を書き始めた時だった。


 「せ、先生‼」


 一人の生徒が緊迫した声で双魔の名前を呼んだ。


 「ん、なんだ?」

 「が、ガビロールさんが!!」

 「何!?」


 見るとイサベルがその場にしゃがみ込んでいた。双魔は手にしていた帳簿を生徒に預けるとイサベルのもとに駆け寄った。


 「大丈夫か?どうした?」

 「そ、双魔君……ゴ、ゴーレムの制御が効かないんです!」

 「……なんだと?」


 イサベルの右手を見ると一筋の鮮血が流れ出ている。


 「っ!魔力が暴走しているのか!」


 ドッゴーン!轟音と共に凄まじい衝撃が生まれ地面が大きく揺れる。音の方を見ると地竜が壁に衝突していた。魔力障壁で強化されているはずの鉄筋コンクリート製の壁がまるで紙細工のように崩れていた。


 「っ!……双魔……君……ごめんなさい」


 うわごとのように呟くと身体の力が抜けていくようにイサベルは前のめりに倒れていく。


 「ガビロール!大丈夫か!?」


 双魔は急いでその細身を支える。どうやら気を失ってしまったらしい。


 「キャーー!!」

 「お、おい!あれ!」

 「こっち……向いた!?」


 心配する間もなく悲鳴が上がる。再び地竜の方を見るとガラガラと崩れた瓦礫を振り払いながらゆっくりと身体を反転させ、鋭い牙の並んだ顎と鈍く光る双眸をこちらに向けていた。


 (……まずいな)


 攻撃対象が狂い動くものとなったのか荒れ狂う闘牛のように前足で地面を引っ掻き突進の構えを見せている。


 生徒たちも半分パニック状態に陥り右往左往している。


 「誰か!」

 「はいっス!」

 「何でありますかー?」

 「なにかしらー?」


 双魔が声を掛けるとイサベルとよく話している三人娘が応じた。


 「幸徳井、ガビロールを頼む」

 「はいはい、分かったわー」

 「左慈、皆を観客席に誘導してくれ。多少は安全だろ」

 「了解でありますよー」

 「ギオーネは錬金魔術棟に行って誰か呼んできてくれ」

 「わかったっス!」

 「ん、じゃあそれぞれ頼んだ。俺はアレを止める」


 三人娘は頷くと双魔の指示に従って動き始めた。


 「さて、と」


 改めて地竜と向き合う。生徒たちが避難し終わるまで足止めをしておかなければならない。


 (足止め足止め)


 双魔は地面に右手をつく。


 「配置セット


 双魔の前方にいくつもの深緑の魔法円が三列浮かび上がる。


 「ブオオオオオオオオオ!」


 その次の瞬間、地竜は雄叫びを上げて突進を開始した。


 「妨げ、防ぐ堅木よ“樫樹壁オークウォール”」


 双魔が唱えると魔法円の一つ一つから大人三人がかりで腕を回してやっと一周できるであろう程の太さを持った巨木が姿を現し三重の壁となった。壁が作られた紙一重のタイミングで地竜が樹璧に衝突する。


 ズガーン!地竜の突進に耐えられず一列目の樹々はメキメキと音を立てて倒されたがそれにより勢いは軽減され二列目の樹璧に地竜は弾き飛ばされた。


 「ブオオ……」


 よろけた地竜は一度距離を取って態勢をなおして再び地面を引っ掻き始めた。


 (突進に耐えられるのもあと一回ってところだな)


 そう思い次の手を打とうとしたその時、背後から声が掛けられた。


 「伏見殿―!避難完了したでありますよー!」


 振り返ると生徒たちは全員観客席に上がり終えたようで一番前で愛元とイサベルを背負った梓織が手を振っていた。


 「ん、じゃあ後はあいつをどうにかして終わりかね」


 双魔は立ち上がると右手でポーチから一丁の装飾回転式拳銃を取り出した。そして地竜に向けて発砲。的は大きいので難なく右前脚に命中する。続けて左前脚、首元、胴、右角とシリンダーが空になるまで連射し前段命中。


 「おいおい、全然効いてないぞ……」

 「当たり前だろ!あんなでっかいの相手に拳銃なんて効くわけないじゃないか!」

 「先生……大丈夫なのかしら」

 「きっと大丈夫よ……でもどうして魔術で反撃しないのかしら」

 「まさか……先生も調子が悪いんじゃ」


 観客席では固唾を飲んで見守っていた生徒たちが不安を漏らし始めた。


 「あらあら、伏見君ったら大丈夫かしらー」

 「まあ、伏見殿に限ってまさかはないでしょうからなー、いい見世物だと思って楽しむのが吉でありますよー」

 「もう、不謹慎よーっとと、落ちちゃうわ」


 愛元をたしなめつつも梓織も心配しているような素振りなど見せずにイサベルを背負いなおした。


 そんな会話が交わされる中、地竜が双魔めがけて二度目の突進を開始し二列目の樹璧に突っ込んだ。


 樹は倒れるがそれによって勢いを殺された地竜の動きが少し鈍くなる。


 双魔はその隙を逃さずに弾の切れた銃を握った右手を下げ、左手を前にかざし呪文を唱える。


 「其は四元の三に属するもの、其は母を援け恵みを与えるもの、其は清らかにて汚れしもの」


 最後の樹璧が地竜の巨体をはじき返す。それと共に双魔の術が放たれる。


 「“導きの濁流リード・ストリーム”!」


 現れた蒼い魔法円から水が大量に流れ出す、美しい蒼の魔法円にはそぐわない土砂混じりのまさに“濁流”だ。濁流は樹璧を通り抜け地竜の全身を包み込む。


 「土属性の敵に向けて水属性の魔術!?」

 「せ、先生……本当にどうにかなってしまったのかしら?」


 生徒たちの不安が更に拡散する。それもそのはずだ。土は水を濁らせ、その流れを堰き止める。つまり、今双魔が相対する地竜に水の魔術を放っても効果は微々たるもので理に反した行動をとった双魔に対して生徒たちは不安を露にしているのだ。


 「ブオオオオオオオオオオオオオオ!」


 地竜は土砂流を受けて一瞬怯んだが案の定すぐに態勢を整えて双魔に向かって突っ込んでくる。地竜との距離は一瞬で縮まった。生徒の大半が目を背けたり手で覆う中お双魔は己に迫る巨大な土塊から一切眼をそらさずにその場の誰にも聞き取れない声で唱えた。


 「芽吹け“封魔の巨蔦シール・バインド”」


 数秒経過し何の音も立たないことを不思議に思い一人の生徒が恐る恐る閉じた目を開いて双魔の方を見た。


 「あっ!」


 その目には信じがたい光景が広がっていた。


 「ブ……ブオ……」


 双魔を肉塊に変えるはずだった地竜は身体から何本もの巨大な蔦が生え、それが絡みついて動きを止められていた。


 数瞬を遡る。


 「“封魔の巨蔦”」


 呪文が唱えられた瞬間、地竜の身体に異変が起きた。双魔の放った弾丸に被弾した箇所から小さな芽が飛び出しそれが瞬く間に巨大の蔦に生長し雁字搦めのように地竜を縛り上げたのだ。


 「さてと、取り敢えずこんなもんかな。処理は授業後でいいか」


 双魔は握っていた銃をゆるゆるとポーチにしまって観客席の方に歩きはじめる。


 「す、すげぇ」

 「あ、ああ……」


 その場にいた愛元、梓織を除いた全員が呆気にとられた。


 「流石でありますなー」

 「まあ、アレくらい出来ないと私たちと同い年でこの学園の講師なんてできないわよねー」

 「む、むむむ?」

 「どうしたのー?」

 「あのゴーレムまだ動いているように見えるのは気のせいでありますかなー?」

 「え?あっ!伏見君、危ないわ!」

 「ん?」

 梓織の声に反応して地竜の方を見ると蔦の束縛が緩い首が動いていた。


 「ブ、ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーー!!」


 最後の魔力を振り絞り頭を前に突き出した。それに伴い鼻先の角が鋭い尖槍となって双魔に迫った。


 (っ!まずい!)


 双魔はそれを防ごうとするが気を抜いたのがよくなかった。


間に合わない。双魔がそう覚悟を決めた瞬間紅い光を纏った何かが上から降ってきた。そしてそれは地竜の額の紅玉を寸分狂いなく貫き砕いた。


 「なっ……」

 「ソーマ、お主の魔術の腕は存分に見せてもらったが油断は良くないぞ?」


 核を破壊されガラガラと崩れていくゴーレムの前に観客席にいたはずのティルフィングが満面の笑みを浮かべて立っていた。あの一瞬で約百メートルほどを詰めて正確に紅玉を貫いたのだ。その信じがたい出来事に今度は双魔、愛元、梓織を含めたその場にいた全員が唖然とした。


 ティルフィングはトテトテと双魔の傍まで寄ってくる。


 「ソーマよ、これで終わりか?」

 「ん……ああ」

 「錬金技術科の人に来てもらったっスよー!」


 驚愕に満ちた闘技場内の空気を壊すようにアメリアが戻ってきた。


 「あれ?何かあったんスか?あっ、ゴーレムの暴走が止まってるっスね!流石伏見君っス!」

 「あ、ああ……」


 そのタイミングで授業の終了を告げる鐘の音がその場に残った驚きの空気を拭い去るように闘技場内に鳴り響いた。

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