第12話 若き魔術講師の授業(演習編)
闘技場に入ると生徒たちはそれぞれ何人か集まって和気藹々と雑談をしていた。が、双魔とティルフィングが来たのに気づくと先ほど教室に入った時と同じような雰囲気になり女子生徒たちを中心にひそひそと何かを話し始めた。
(今日は妙な雰囲気だな……)
そんなことを思いながらティルフィングを見ると視線に気づいたのかティルフィングは双魔の顔を見上げて首を傾げた。
(まあ、理由は十中八九これだな……)
どうしたものかとこめかみをグリグリして思案していると授業の始まりを告げる鐘が鳴り始めた。
「整列!」
イサベルが一言発すると鐘が鳴り終わる前に生徒たちは一糸乱れずと言った風に整列した。
「ん、ありがとさん」
「いえ」
双魔に礼を言われたイサベルは素っ気なく無表情でそう返した。
「じゃ、演習ってことで今からダミーの人形を出すからそれに向かって名簿順に攻撃魔術を撃つってことで。それを見て各自に助言するにことする。魔術の属性やらなんやらは好きにしていい。一番得意なものを撃てばいい」
授業について説明していた双魔だが生徒たちの半数近くが双魔の方ではなくその少し下に視線を送っているように感じた。
(おっと、また手を繋いだままか)
「ティルフィング、ちょっと離れて見ててくれ」
「む、またか」
「終わったらすぐに甘いもの食べさせてやるからもう少し我慢してくれ、な?」
「むー……約束だぞ?」
そう言うとティルフィングは先ほどよりいくらかすんなり手を放してくれた。そしてトテトテと観覧席の方に歩いていくと一番前の席にストンと腰掛け足をぶらぶらと揺らしながらこちらを見始めた。
「さてと」
それを確認してから闘技場の中心辺りまで歩いていく。
「この辺でいいか」
双魔はその場でしゃがんで腰のポーチから何かの種と緑の液体が入った試験管を取り出す。そして種を三か所に巻いてそれぞれに液体を掛けていく。
「
一言唱えると小さな芽が三つ地面から頭を出し瞬く間に人間と同じ大きさの案山子のような木が生えてきた。
「これでよし」
立ち上がって生徒たちの方に戻る。
「じゃ、さっそく名簿順にあの的に打ち込んでいってくれ。的は三体用意したから一体を狙い撃ってもいいし全体に向けてもいい。ってことで始め」
双魔が宣言すると名簿の一番上に名前の記された生徒が前に出る。
が、それよりも一瞬早くイサベルが双魔の横に立った。
「先生」
「ん、なんだ?」
「帳簿を忘れています」
どうやら的を用意する時に評価を記入する帳簿を先程まで話していたところに置いてきてしまっていたらしい。
「ん、悪いなガビロール」
「いえ」
双魔に帳簿を手渡すとスタスタと元の場所に戻っていった。
「先生始めてもいいですかー?」
すでに前に出ていた生徒が少し大きめの声でそう言った。
「いいぞー、始めてくれー」
双魔がそう言うと生徒は構えて魔力を集中させる。
「焼き尽せ、赤き翼爪よ”
そして呪文を唱えると手の平から巨大な鷲を象った炎塊が現れ周りの空気をちりつかせながら勢いよく飛び立ち真ん中の的に喰らいついき、木的を飲み込んだ。
炎に包まれた中央の木的は一瞬で灰と化したが左右の木的、炎鷲の翼が当たっただけのものは着火したものの燃え尽きるまでは至らずパチパチと音を立てて燃えているだけだった。
「的全体を狙ったんだろうが威力が偏り過ぎたのが今の結果だな。真ん中に威力が集中しているってこ
とは魔術を発動するときにもう少しバランスを意識すると完全な中範囲魔術になるはずだ」
「分かりました!」
「それと、真ん中の威力はいい感じだから狭範囲魔術をさらに強化すると他をカバーできるはずだ。頑張れよ」
「はい!ありがとうございました!」
帳簿に評価と課題点を書き込みながら一言唱える。
「
すると燃え尽きた木的の根元から新しい的が生えてきた。
「「「おおー」」」生徒たちから感歎の声が上がる。
「次」
双魔は特に気にもせずに次の生徒を促す。
「お願いします!」
今度の生徒は風の刃を幾重にも繰り出し三つの的をすべて細切れにした。
「ん、今の時点でも十分なレベルに達しているな。もう一段階上を目指して他の属性を加えるとかしてみるといいかもな。煮詰まったとき相談に乗るから声を掛けてくれ」
「分かりました!ありがとうございました!」
「次」
「はい!」
と言った風にテンポよく授業が進む中生徒たちは「今日は調子が悪かった」とか「先生に褒められた」とかいろいろと会話を弾ませる。そんな中、沈黙を保ち双魔を見つめる生徒が一人。イサベル=イブン=ガビロールだ。
「…………」
その凛とした眼差しを一心に双魔に注いでいる。そんなイサベルに後ろから何人かの女子生徒が寄ってきた。
「お嬢!」
「どうしたのかしら?」
「何か気になることでもありますかなー?」
イサベルはゆっくりと振り向いた。
「なんだ、貴女たちか……別に何でもないわ」
彼女たちはクラスの噂好きの三人組だ。
右からそれぞれ茶髪のポニーテールが目印の元気っ娘、アメリア=ギオーネ。ローブの裾を引きずり眠そうな目をしたちびっ娘、
その情報網は侮ることの出来ないもので評議会の監査の際に協力を依頼するほどだ。強かながら善良な人たちである。
「そうは見えませんなー」
「さっきからずっと同じところを見てるじゃないのー」
「伏見君のこと気になるっスか?」
「…………あの人の魔術の腕と眼は卓越しているわ。他の人へのアドバイスの中にも自分に生かせることがあるかもしれない。貴女たちも私になんかじゃれついてこないでそっちに耳を傾けたらどうかしら?」
「にゃははー、アタシら耳はいいんでその辺は抜け目ないので心配ご無用っス」
「そんなことよりただ耳を傾けるだけならあっちを見てる必要もないんじゃないかしらー」
その一言にイサベルの眉根が微かに動いた。
「やはりガビロール殿は伏見殿のことを異性として意識しているのですかなー?」
(ええー!そこまで切り込んじゃうのー?)
(さ、さすがにどうかと思うっス……)
(しかし“人形姫”殿に限ってそんな分かりやすい反応をするわけがありませんからなー)
三人はアイコンタクトを交わしながらイサベルの反応を伺った。すると意外な反応が返ってきた。
「…………別に」
しばらくの沈黙のあとか細い声でそんな返答が三人の耳に入ってきた。よく見ると頬が微かに紅く染まっている。
(ええーーー!!)
(こ、これはなんとも……)
(予想外の反応っス……)
三人は「どうせいつも通り冷静に返されるだろう」と思っていたのだが予想に反して乙女な反応をされてしまったので面食らってしまった。
(それにしても……)
(お嬢かわいいっス!)
(今のお顔を撮って置いたら一枚いくらで売れたか気になるところですなー)
「ところで貴女たち」
「は、はいっス!」
「何かしら?」
「双魔君の連れているあの女の子について何か知らない?」
(聞いたっスか!いま伏見君のこと「双魔君」って呼んだっスよ!)
(そこはきっと触れない方がいいわよ)
(そうですなー)
「何か知らない?と聞いているのだけど」
イサベルがもう一度尋ねてきた。滅多にイラついたりしないのは三人も知っているが先ほどからいつもと様子が違うので真面目に答えることにする。
「アタシらは何も知らないですねー」
「無難に考えて親戚の子とかじゃないかしらー?少し不思議な雰囲気だけれど魔術に関わる子だろうから納得はできるわよねー」
「奇をてらって弟子というのもあるかもしれませんなー、あのくらいの年でもし恋人だったら我らもドン引きですからなー」
「ふむ……まあ、私の予想とほとんど変わらないわね。ありがとう」
「いえいえっス」
「お役に立てなくてごめんなさいねー」
「あ」
「どうしたの?何か気づいた?」
「もしかしたら、さらに奇をてらって許嫁とかかもしれませんなー」
イサベルの眉根がピクピクっと動いた。
「……許……嫁?」
「ちょっと!」
「それはないんじゃないかしら?」
「うふふ、冗談ですぞー。ガビロール殿も気になさらないでくだされー。どうしても気になるなら伏見殿に直接聞いてみるのがよろしいかと思いますぞー。察するに皆、あの女の子のことは気になっているようですからなー」
「そ、そうね……うん」
イサベルは少し気の抜けたように見える表情で頷いた。
「次―、おーい次誰だー?」
双魔が次の生徒を呼んでいる。イサベルはそれを聞いてハッとした。
「わ、私だわ!」
「それでは頑張って下されー」
「頑張ってねー」
「また依頼お待ちしてるっス!」
「ああ……ありがとう」
三人に見送られながらイサベルは双魔の方に向かっていった。
「それにしても……」
「あんなお嬢初めて見たっす!」
「かわいかったでありますなー」
「愛元はからかいすぎよ」
「いやー、真面目な方ですからな。いたずら心を刺激されてしまいましたなー」
「お嬢大丈夫っスかね?」
「ま、大丈夫でありましょー」
「はあ……あとで何か言われたら嫌ねー」
心配、のほほん、ため息と三者三様の反応をしながら三人はイサベルを見守るのであった。
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