第三章「反魂香」
第15話 或る魔術師の野望
大日本皇国、長崎県には多くの島が存在し、それらの中には本土から遠く離れた群島が存在する。古来よりこの一帯は朝鮮半島経由でやってくる大中華帝国の商人との取引で栄えており技術の発展により通商の過程が変わり島の人口が減少しても島の活気が衰えることはなかった。
しかし一般人からしてみればその「活気」が極めて不気味に感じられるものであった。それは何故か。答えは単純だ。時代の流れにより食糧、生活用品、工業製品などの取引が本州や九州の大きな港に移ったため必然的に島での取引の対象が神秘、魔術に関連するもののみとなったからだ。
現在島に住んでいるのは昔から住んでいる商人たちの一族と国から派遣された役人、魔術師だけである。
そんな異様な群島の中に一つ、更なる異を放つ島があった。
その島はもはや岩と言っても差し支えのないほど小さなものでそんな状態にも関わらず不思議と木々の生い茂る場所だった。島の名を「香の島」言い中心には小さな社でもあるのか、目視でも朱の鳥居は確認できる。
何が祀ってあるのかは地元でも知る人はほとんどおらず、時期に関わらず夜になると不知火が島の周りを飛び回ることから「神島」とも呼ばれ畏れられ近づくものもほとんどいない孤島である。
十二月、月のない夜。海はひどく時化て香の島には荒波が打ちつけていた。木々は大いに揺れて騒めき鳥居もガタガタと揺れる始末だ。
そんな中、闇に紛れて一艘のモーターボートが島に近づいていた。ボートには男が四人乗っている。
男たちは顔を合わせて頷くと島に舟を寄せ三人が跳躍した。寄せたと言っても島の周りは切り立った崖のようになっていて足の着ける地面まではおよそ三十メートルはある。それを一足で飛んだことからも只者ではないのは確かだ。
「……おい、本当にこんな島だか岩だか分からないところに例のものがあるのか?」
上陸した一人、細身で背の高い男が眉をひそめながら言った。
「間違いない。依頼された物はここにある。本物だという裏も取った」
先頭を行く顔に傷のある首領格と見える男が答える。
「お前が言うなら間違いないな。本国にあるやつなんか狙ったら皇帝サマの犬たちにこうされちまうからな」
真ん中を歩くガタイのいい男が下卑た笑みを浮かべながら手刀で首を切る素振りをして見せた。
「油断するな。何か罠があるかもしれん」
「ヘイヘイ、気を付けますよ」
軽口を叩きつつ生い茂る草をかき分けて進んでいくとすぐに社の裏にたどり着いた。警戒しながら表へと回り込み観音開きの戸をゆっくりと開き中に入る。社の中には特に御神体のようなものもなく埃が積もるばかりで目的のものは見当たらない。
「よし、探せ」
「「おう」」
三人は社の中を物色し始める。放置してある木箱や神棚、供え物が置いてあったであろう台などの傍を片っ端から探すが何も見当たらない。
「オイオイ、ガセだったんじゃねえか?」
「そんなはずはないんだが……」
「くそっ!」
ガコッ!一人が悪態をつきながら台を蹴飛ばした。すると隠れていた鼠が出てきて慌てて走り去った。
「ッチ!ここまで来て出てきたのは鼠一匹かよ……」
「……待て、その箱は何だ」
台の下から現れた鼠の巣の下に何やら古ぼけた木箱がある。手に取ってみると蓋は鼠の糞にまみれてかなり汚れているが下は白木の状態で保たれている。
「……開けるぞ」
蓋の汚れを払い落として箱を開くと社の中に幻妙と言い表す他ない香りが立ち込めた。目で確認すると中には藁くずが詰められており、真ん中には“何か”を包んだ半透明の麻紙がある。
「これは……」
「間違いねえ!」
「ああ、依頼された品だ」
三人は喜びを露にしたがすぐに顔を引き締める。
「よし、目的の物は手に入った。依頼主との約束の刻限も迫っている。さっさと退散するぞ」
「「おう」」
三人は社を出ると素早くもと来た道を通り抜け待機していたモーターボートに飛び乗った。
「頭目、目当てのものは手に入りやしたか?」
「ああ、問題なく手に入った」
「この国のお役人サマはホント間抜けだぜ。突っかかってきてくれればぶっ殺してやったのに気づきもしないなんてな!」
「まあ、そういうなよ。金は手に入るんだから」
血の気の多い部下とそれを宥める部下を横目に頭領格の男はボートを操縦する部下に指示を出す。
「後はあのお大尽にこれを渡して金を受け取るだけだ。沖で落ち合うことになっている。向かってくれ」
「へい、分かりやした」
四人を乗せた舟は少し収まってきた波間を縫って沖へと向かった。
三十分ほど舟を進めると豪奢なクルーザーが目に映る。
「頭目、依頼人の舟が見えてきやした」
「うむ」
頭領格の男は頷くと三人の部下に指示を出す。
「いいか、依頼人は品物だけ受け取って金を払わない可能性が高い。舟には全員で乗り込み払わない素振りを見せた瞬間に殺していい。あのクルーザーとこれを売れば約束の金と同じくらいは儲けられるだろう」
そう言って木箱を持ち上げる。
「わかった」
「へへへ……払ってくれない方がぶっ殺せてスカッとするかもな」
「了解しやした」
「それでは乗り込むぞ」
クルーザーに近づくと使用人らしき老人がモーターボートに向けて縄梯子を掛けた。まずそれを上って三人が乗り移り、操縦していた部下が錨を下ろして最後にクルーザーに移った。
「お待ちしておりました」
老使用人が恭しく頭を下げる。
「挨拶はいい。依頼人のもとへ案内しろ」
「かしこまりました。それではこちらに」
四人は老使用人の後をついて客室の前に案内された。
「ご主人様はこちらでお待ちですのでどうぞお入りください」
そう促されて部屋に足を踏み入れた。
客室の中はやはり豪奢な内装になっていて煌びやかなシャンデリアが部屋を照らし最高級と思われるソファーなどが置かれている。アロマキャンドルでも焚いているのか部屋中に甘ったる香りが充満していた。
「やあやあ!よく来てくれた!」
そして部屋の真ん中の椅子に深く腰掛けてワイングラスを揺らしていた男が優雅な所作で立ち上がり両手を広げて歓迎の意を表す。
(やはり胡散臭い男だな)
頭領格の男は心中で目の前の男を貶した。男とのやり取りは代理人を立てていたので依頼主と顔を合わせるのはこれが初めてだった。
船の主、依頼人は年の頃は三十代前半だろうか。整った顔立ちに長く伸ばした金髪、身に纏った時代遅れともとれるジュストコール、ジレ、キュロットが如何にも貴族と言った雰囲気を醸し出している。
「まあ、掛けたまえ。ワインでもどうかね?」
依頼主はそう言って四人にソファーに座るように促した。
「もてなしは結構だ。それより依頼された品を持ってきた。さっさと約束の金を出してもらおう」
頭領格の男は目の前の机に木箱を置いて金を払うように迫った。
「ふむ……その前にその箱の中身を確認してもよいかね?私も大金を払って偽物を掴まされるようなつまらない目には遭いたくないのだよ」
「ふん……好きにしろ」
もし何かを仕掛けてくるならこのタイミングだ。そう踏んだ頭領格の男は後ろ手で控えていた部下たちに警戒を強めるように指示を出す。部屋の中の温度が一気に下がったように感じられる。
そんなことなどまったく気にしていないのか依頼主の男は期待を隠せない様子で木箱を開けて中のものを確かめる。
「おお!素晴らしい!これは本物だ。間違いない私が求めていたものだ!」
突然大声を上げると嬉々とした表情を浮かべて小躍りし始めた。
「それは良かった。それでは金を払って貰おう」
頭領格の男が苛立たし気に言うと依頼主は一転困ったような表情を浮かべた。
「うむ……それについてなのだが実は金は用意していないのだ」
「ふん、そんなことだろうとは思っていた。それではこの船と貴様の命を貰うだけだ」
「ま、待て!話し合おうではないか」
依頼主は顔を青くしてそう言った。しかし約束を違えられた時点で貴族趣味の胡散臭い男の言い訳を聞いてやる義理などこれっぽっちもない。
「おい、やってしまえ」
部下たちに依頼主を殺すように指示を出す。
(今回も楽な商売だったな)
頭領格の男は瞼を閉じて心の中でほくそ笑んだ……しかししばらく経っても部下が動く気配がしない。
「……ま、まさか!?」
慌てて振り向くと部下たち三人はまるで魂を抜かれたかのように生気のない顔で立ち尽くしていた。
「き、貴様!」
依頼主の男に向き直ると少し前まで青い顔をしていたはずの男が口角を異常なまでに上げ、ニタリと不気味な笑みを浮かべていた。
「フ………フフフフフ……フハッハッハッハ!君たちのような薄汚いドブネズミどもに私が金を払うとでも思ったかね!本来なら高貴な私と口を利けることなど絶対にないであろう下賤な君たちが私と対等に取引をしようなどと………実に愚かだ」
「く、クソッ!」
一人残された頭領格の男は目の前にいる自分を、かわいい部下たちを陥れた男にせめて一矢でも報いようと試みるが身体が全く動かない。意識もだんだんと闇に飲み込まれていく。
「ぐ……がぁ……」
「それではさらばだ、ドブネズミの頭」
パチン。指を鳴らす音とともに首領格の男は倒れた。
「…………フフフフフ……これで目的のものは手に入った……私の大いなる野望の第一歩だ……成功すればかの組織にも迎え入れってもらえるだろう…………フハハハハハ!」
一通り高笑いをすると満足したのか手を叩く。すると老使用人が部屋に入ってくる。
「お呼びでしょうか」
「そこに転がっているドブネズミどものを処理しておけ」
「ハッ、かしこまりました」
「ああ、分かっているとは思うが私は穢れた血が嫌いだ。そいつらは乗ってきたボロ船に乗せて流しておけ」
老使用人は操縦室にいた他の使用人を呼び寄せると一礼してから四人を引きずって部屋から出て行った。
「フフフフフ……ハーハッハッハッハッハッハ!」
いつの間にか時化が収まり静かになった海に男の高笑いが響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます