第26話「道摩の推理」
道摩と慧春尼はそろって現場を離れた。
公園の入口に向かう途中に小さな売店が有る。
現在は事件の為、シャッターが下りている。
そこに丸い大きな鉄製のゴミ入れが有る。
遠目に見えた時には何も無かったが、道摩達がゴミ入れから数メートル程の所に来た瞬間に、忽然と犬が現れた。
犬は道摩達に背を向ける格好で、ゴミ入れに前足を掛けて頭をゴミ入れに突っ込んでいた。
現れ方を見れば、怪異以外の何物でもない。
だが、道摩はそのまま後ろを通り過ぎようとした。
犬が、動きを止めた。
ゆっくりと振り返る。
その犬の顔は、人間の中年の男の顔だった。
道摩はその顔を見たが、歩を緩める事は無かった。
「お優しいんですね」
慧春にはそう言うや否や、足を止めて手を合掌させ、般若心経を唱え始めた。
「佛説魔訶波羅蜜多心経。観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五オン皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空・・」
人面犬は見る間に形を保てなくなり、そのまま消え失せた。
「容赦がないな大阿闍梨。害は無い様に思えたが」
慧春尼は、にっこり微笑んで答えた。
「人を殺したり、傷つける。その様な事はしないでしょうね。ですが、放置すれば野次馬以外にこの公園に来る方が居なくなってしまいます」
「まるで行政側の人間の意見の様だな」
「いけませんか?」
「いや」
道摩はたとえそれが、怪異であれ、なんであれ、存在そのものには何かしらの価値や意味が有ると思っている。
勝手に自分達の都合で消してしまってよいものではないと考えていた。
但し、それが他の存在を脅かすモノであれば話は別だ。
慧春尼にそれ以上言わなかったのは、消してしまった後に言っても意味がないからだった。
道摩の行動原理は、知識欲だ。
知りたいという欲求が好奇心となり、色々な事に首を突っ込みたくなる。
だが、先述した理由で無下に何かの存在を消したりはしない。
同じ第六のチャクラを開いた身でも、考え方が違うのだなと道摩は思った。
入口に着くと、市川警部補が待っていた。
「道摩さん。あんた怪我してるじゃないか」
道摩を見つけた市川警部補が開口一番そう言った。
「ああ。市川警部補大丈夫だ。それより片付いたよ」
「何!本当か⁉」
「ええ。本当です。全て道摩さんが退治してくれました」
「これで終わったのか?」
「公園に関しては取り敢えず・・だが、何故この公園で怪異が起こったのかを探らない事には本当に終わったとは言えない。黒幕が居るはずだよ警部補」
「黒幕?人間の仕業で、犯人が他に居るって事か?」
「その通り。恐らくだが人為的に発生させた怪異だね」
「犯人が分かるのか?」
「裏取りはしなくちゃいけないが、おおよそね。」
「もしかすると、先日頼まれた例の掲示板サイトに書き込みをした人物の絞り込みか。そこに犯人が居るのか?」
「そういうことだな」
「一体誰なんだ」
「量子物理学及び、量子コンピュターの第一人者の広瀬隆教授さ」
「な、何?そんな偉そうな人物が犯人なのか」
「偉いかどうかは知らないが、どんな肩書が有っても悪い事をする奴はいるだろう」
「確かにそうだが、しかし、一体どうやって?動機は?」
「量子力学の不確定性原理ってやつさ」
「何だそれは?分かる様に説明してくれ」
「ごく簡単に言えば、実際には有り得ない世界を有り得る方に任意で世界を決定させる事さ。その中でも使ったのは虚構実在論てやつだろうね。漫画や、小説みたいな創作物が実在出来るなら、創作物の中の人物なんかも実在出来るはずだっていう理論さ。ネットの掲示板に怪異を書き込んで、それを実在化させたんだよ」
「し、信じられん。出来るのか?そんな事が・・・」
「勿論普通は出来ないね。ただ普通じゃないやり方で出来たから、今回の事件が起きたんだよ。それに市川警部補あんたも見ただろう?口裂け女や人面魚をさ」
「確かにそうだが、それが事実だとして動機は?」
「推測だが、実験、だろうね」
「実験だと?」
「そう。自身の理論の実証をしたかったんだろう。物理学は実験で実証しない事には、いくら理論的に正しくても認められないからね」
「それで、逮捕出来るのか?」
「まさか。出来る訳ないよ。証拠の怪異は片づけちまったし、仮に怪異を捕まえても広瀬教授から作り出されましたなんて言う訳がない。そもそも検察や裁判官がこんな事信じると思うかい?」
「そ、それはそうだが。じゃ、犯人が分っているのに見逃す事になるのか」
「いや。この先は、公安特務課の出番だよ。適当な罪状付けて引っ張って来て、その後は、それなりの償いをして貰う事になるだろう。」
「どんな償いなんだ?」
「知らない方がいい」
道摩の凄みの有る言い方に、市川警部補はそれ以上聞かずに話題を変えた。
「しかし、なんでそんなに量子力学だか物理だかに詳しいんだ?」
「陰陽道は宇宙の摂理に則って行う法なんだ。仏教も宇宙の真理を説く物なんだ。量子物理や量子力学ってのは、その宇宙を語るのに欠かせない分野なんだよ。だからそれを知らずにいる訳にはいかないのさ」
「宇宙・・分かったような分らんような、なんだか頭が痛くなってきた・・・」
頭を抱える市川警部補を見て、道摩と慧春尼は顔を見合わせて笑った。
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